
海に浮かんでいた一本のプラスチックボトル。
その中をのぞくと、そこにはボトルの口よりも大きなカニが閉じ込められていました。
しかも、そのカニは死んでいたのではありません。
海上を漂いながら、約2カ月ものあいだ生き延びていたと考えられるのです。
では、このカニはどうやって自分の体より小さな入り口のボトルに入ったのでしょうか。
そして、何を食べて生き延びていたのでしょうか。
広島大学の研究チームは、沖縄沖で発見されたこの奇妙な事例を詳しく調べました。
研究の詳細は2026年4月3日付で学術誌『Ecosphere』に掲載されています。
目次
- ボトルの口より大きなカニは、どうやって中に入ったのか
- 胃のDNAとエボシガイが語る「2カ月の漂流生活」
ボトルの口より大きなカニは、どうやって中に入ったのか
発見のきっかけは、沖縄県・瀬底島の沖合で行われていた稚魚の調査でした。
研究者たちは、島から約500メートル離れた海上で、稚魚が集まっている漂流プラスチックボトルを発見。
海に浮かぶゴミや流木の周りには、小さな魚が隠れ場所を求めて集まることがあります。
このボトルも、そうした小さな魚たちの一時的なすみかになっていたのでしょう。
ところが、ボトルを回収してみると、中には生きた大型のワタリガニの仲間が閉じ込められていました。
種は、ジャノメガザミ(学名:Portunus sanguinolentus)です。

回収されたボトルは、高密度ポリエチレン製の紹興酒ボトルで、口の直径は24ミリでした。
一方で、中にいたカニは甲長40.31ミリ、甲幅88.23ミリ、重さ42.06グラムでした。
つまり、現在の体の大きさでは、どう考えてもボトルの口を通ることはできません。
ここから研究者たちは、カニが大きくなってからボトルに入ったのではなく、まだ小さな幼体の段階で入り、その後、ボトルの中で成長したと考えました。
ボトルは完全に密閉されていたわけではなく、口が開いていたため、海水は自由に出入りできました。
そのため、酸素の供給が完全に断たれることはなかったと考えられます。
しかし、外に出られないという点では、ボトルは立派な罠でした。
入ったときには安全な隠れ場所だったとしても、成長したカニにとっては、脱出できない小さな牢屋になってしまったのです。
胃のDNAとエボシガイが語る「2カ月の漂流生活」
では、カニはボトルの中で何を食べて生き延びていたのでしょうか。
チームは、カニの胃の内容物を調査。
すると、魚の鱗や骨のような断片、藻類の破片が見つかりました。
さらにDNA解析を行ったところ、ボトルの周辺に集まっていた稚魚に由来すると考えられるDNAが検出されました。
その中には、アミモンガラやロクセンスズメダイなどが含まれていました。
また、ボトルの内側で育ったとみられる藻類も、カニの食物になっていた可能性があります。
つまり、このカニはただ飢えをしのいでいたのではありません。
漂流ボトルに集まる小さな魚や、ボトル内で育つ藻類を食べながら、限られた空間の中で生き延びていたのです。

研究者たちはさらに、ボトルの表面に付着していたエボシガイの成長も調べました。
エボシガイは、海を漂う物体に付着して成長する生物です。
その成長速度を手がかりにすると、ボトルが海上を漂っていた期間を推定できます。
分析の結果、ボトルの漂流期間はおよそ62日、つまり約2カ月と見積もられました。
この推定は、カニの成長段階から考えられる期間とも一致していました。
こうして研究者たちは、カニが幼体の段階でボトルに入り、約2カ月にわたって魚や藻類を食べながら成長し、最後には大きくなりすぎて出られなくなったと結論づけました。
この状況は、井伏鱒二の短編小説『山椒魚』にも似ています。
穴の中で成長した結果、外へ出られなくなった山椒魚の物語です。
今回のカニもまた、最初は入ることができた空間に、成長によって閉じ込められてしまったのです。
ただし、この発見は単なる珍しい海の事件ではありません。
私たちが捨てたプラスチックボトルは、海の中で小さな生き物を閉じ込める罠になり得ます。
しかも、閉じ込められた個体がしばらく生きられたとしても、外に出られなければ、繁殖する機会を失う可能性があります。
これは、その個体の生命だけでなく、次の世代を残す可能性にも関わる問題です。
海洋プラスチック汚染というと、網に絡まったアザラシや、ビニール袋を食べるウミガメの姿を思い浮かべる人が多いかもしれません。
しかし今回の研究は、目立たない小さな甲殻類にも、プラスチックごみの影響が及んでいることを示しています。
一本のボトルは、私たちにとっては使い終わったただの容器かもしれません。
しかし海に流れ出た瞬間、それは小さな生き物の運命を変える装置になることがあります。
今回見つかったカニは、ボトルの中で2カ月を生き延びるという驚くべき生命力を見せました。
それと同時に、この事例は、人間の便利な道具が、海の生き物に思わぬ形で影響を与えていることを教えてくれるものです。
あ
参考文献
Swimming crab trapped in plastic bottle survived two months on the ocean
https://www.hiroshima-u.ac.jp/en/news/98552
元論文
Swimming crab in a bottle: A two-month drift on the ocean surface while entrapped
https://doi.org/10.1002/ecs2.70609
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

