
喉を潰したケイン。30日にも感じられたラスト30分。死闘を制したイングランド代表は、苦いアステカの記憶を書き換えた【W杯】
[W杯ラウンド16]イングランド 3-2 メキシコ/7月5日/アステカ・スタジアム
メキシコのアステカ・スタジアムの上空には、黒い雲が垂れ込めていた。雷鳴が鳴り、稲妻が走り、キックオフは悪天候のため1時間、遅れた。標高2240メートル。空気は平地より約10%薄い。完全アウェーの大歓声は、ただでさえ苦しい呼吸をさらに重くした。
イングランド代表にとって、そこはただのスタジアムではなかった。1986年メキシコW杯、ディエゴ・マラドーナの「神の手」と「伝説の5人抜き」に屈した場所である。
英国とアルゼンチンによるフォークランド紛争(※1982年に英国とアルゼンチンが戦った領有権紛争)からわずか4年後でもあった。アルゼンチンに敗れたあのメキシコW杯での準々決勝は、イングランドの記憶に深く刻まれてきた。
ハンドを見逃された怒り、5人抜きの前にもファウルがあったという思い、そしてアステカ・スタジアムという名にまとわりつく屈辱。その因縁の地で、イングランドはメキシコを3-2で破った。
試合はまさに死闘だった。粘り強く戦い、最後は勝利をもぎ取った。だからこそ、この勝利の意義は大きい。英メディアが大きく反応したのも当然だ。
英紙『タイムズ』は「イングランドは炎の中を歩き、苦痛に汗を流し、敗退寸前まで追い込まれ、それでもなお、その先へ進んだ」と書いた。英紙『デーリー・テレグラフ』は「1966年以来、最高のW杯でのパフォーマンス」と評し、英『BBC』放送も「1966年にウェンブリーでW杯を制して以来、最高の勝利だったと言っても過言ではない」と伝えた。
英国の有名記者ヘンリー・ウィンターは、幾多のイングランド代表戦を見てきたなかでもメキシコ戦を「最高峰」と表現し、イングランド代表に関する著作もあるロブ・ドレイパー記者は「このメキシコ戦はイングランド代表のベストゲーム」とまで言い切った。
なぜ、そこまでの評価になるのか。理由は試合の条件にある。
86年のメキシコW杯当時、イングランドは初戦の約1か月前から現地入りし、高地対策を行なった。だが今回は、順応期間をほぼ取れなかった。英メディアでは、アステカでの高地は「最初から0-1で負けているようなもの」との見方も紹介されていた。
そこに雷雨による遅延、メキシコ国民の熱狂、後半開始早々の退場処分が加わった。逆境は1つではなく、いくつもの逆境が積み重なっていた。
それでもイングランドは、前半に試合を動かした。まず大きかったのはGKジョーダン・ピックフォードの存在だ。序盤、ラウール・ヒメネスのヘディングシュートを鋭い反応で防いだ。大会前は不安定さも指摘されていたが、この日のピックフォードは違った。メキシコの勢いを食い止め、最後までゴール前を支え続けた。
先制点の場面も見事だった。ピックフォードからパスを受けたデクラン・ライスが、自陣から力強くドリブルで独走する。敵陣深くまで運び、相手を十分に引き付けてからブカヨ・サカへ展開した。
サカのクロスに飛び込んだのが、ジュード・ベリンガムである。クロスが入る前、ベリンガムは相手マーカーを巧みに外し、一気にゴール前のスペースへ走り込んだ。優れたゴール嗅覚を発揮し、ネットを揺らした。
追加点は、さらにトーマス・トゥヘル体制らしい一撃だった。
前線から激しくプレスをかけ、メキシコのボール回しを高い位置で遮断。そこからショートカウンターを発動し、最後は再びベリンガムがファーサイドのスペースへ走り込んで押し込んだ。先制点から98秒間で2ゴール。イングランドの10番は、しかるべき時に、しかるべき場所にいた。
ただ、この試合のベリンガムは2得点だけでは語れない。前半終了間際、メキシコが同点に追いつくかという絶体絶命の場面で、足を伸ばして決定機を阻止した。攻撃でも守備でも、試合の最重要局面に現われた。
タイムズ紙は「1997年ローマでのポール・インス、2001年ミュンヘンでのマイケル・オーウェンに並ぶ、イングランド代表史上屈指のアウェーでの個人パフォーマンスだった」と称えた。
しかし、この試合を本当に歴史的なものにしたのは後半だった。
54分にジャレル・クアンサーが危険なタックルで一発退場となり、イングランドは10人になった。ハリー・ケインがPKを決めて3-1としたが、その後、今度はケイン自身が自陣エリア内で相手を倒し、メキシコがPKを成功させる。
3-2。残り時間は長かった。しかも、アディショナルタイムは11分。そこからイングランドに待っていたのは、タイムズ紙が「Sufferball」と表現した、ひたすら耐える時間だった。直訳すれば「苦しむサッカー」。ボールを持って試合を支配するのではなく、身体を張り、跳ね返し、苦しみながら勝利を目ざした。
メキシコは攻め続けた。
クロスが入り、シュートが飛び、スタジアムの轟音はさらに増した。イングランドの選手たちは足を止めず、身体を投げ出し、ブロックした。テレグラフ紙は「イングランドのファンにとっては30日にも感じられたラスト30分」と書いた。
苦しみの象徴が、試合後のケインだった。普段は冷静な主将が、インタビューでほとんど声を出せなかった。完全アウェーの試合で、声を完全に枯らしたという。英メディアはその声を「ヘリウムガスを吸ったよう」と表現し、スポーツサイトの『ジ・アスレティック』では「初めて音楽フェスに行って声を潰した10代のよう」と記した。
ケインはこう言った。
「本当にクレイジーな試合だった。この舞台、この雰囲気、チームの状況、すべてが僕たちに逆風だった。それでも僕たちは勝つ方法を見つけた」
そう言うと「もう声が出ないよ」と笑った。枯れた声は、この試合の激しさを何より雄弁に物語っていた。
トゥヘル監督の言葉も印象的だった。
「歴史あるスタジアムで、歴史に残る試合になった。我々は本当に多くの逆境を乗り越えた」。さらに「すべてが私たちに不利だった。それでも私たちは屈することを拒んだ」と話した。
ベリンガムも同じことを口にした。「昔、自分が小さな子どもとして見ていた頃なら、おそらくイングランドは崩れていたと思う。でもこのチームは最後の1秒まで団結している」。
イングランドはこれまで何度も、決勝トーナメントの苦しい局面で崩れてきた。だが、この夜は違った。
40年前、アステカ・スタジアムはイングランドにとって痛みの記憶を刻む場所だった。マラドーナの「神の手」と「5人抜き」。しかし2026年、この場所の意味は変わった。テレグラフ紙が書いたように、「アステカはもはやマラドーナだけを思い出す場所ではなくなった」。
アスレティックはこうも伝えた。
「一生イングランド代表を見続けたとしても、こんな試合には二度と出会えないかもしれない」
アステカの記憶を書き換えた夜として、メキシコ戦は長く語り継がれるはずだ。
文●田嶋コウスケ
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