【やくみつるのシネマ 小言主義 第300回】『大統領のケーキ』
1990年代、イラク。国民が戦争と食糧不足に苦しむ中、フセイン大統領の誕生日祝いのケーキを準備する係に、祖母と二人で暮らす9歳の少女ラミアがくじ引きで選ばれる。ケーキを用意できなければ、重い罰が待っているラミアは、翌朝祖母に伴われ、父の形見の時計と友だちの雄鶏ヒンディと一緒にラミアは町に出掛ける。しかし祖母の本当の目的は、ケーキではなく自分を養子に出すことだった。とっさに逃げ出したラミアは、同級生のサイードと協力してケーキの材料を必死に集めようとするが…。
監督の実体験から生まれた“異常な日常”
1990年代、サダム・フセインが独裁政権を築いていた頃、こんなことが行われていたとは…と、おそらく世界中が絶句してしまう、監督の実体験から編まれたストーリー。作品のせいではなく、こんなことがあってならないと胸が締め付けられたので、1点減じてしまいました。
為政者次第で、どれだけの人の人生が翻弄されるのか。これはイラクに始まったことではなく、今も至るところにあるのですが。
軍や警察、教育に至るまで独裁者が欲しいままにすると、こんなに異常でアホらしいことが現実になるのですね。
人々が食糧難に苦しむ中、フセインは国を挙げて自分の誕生日を祝うように強制。国内の学校でも1クラスに一人、「大統領のケーキ係」がくじ引きで選ばれていたというのです。
もし、用意できなければ重い罰が待っているという、決してニュースでは報道されない末端のエピソードに、悲惨さが集約されています。
主人公は9歳の少女・ラミア。祖母と二人、メソポタミアの水上集落でつましく暮らしています。学校へ行く交通手段は、太古からそうだったと思われる木の葉のような小舟です。
生活はギリギリ。「ケーキ係」のクジを引いてしまっても、小麦や卵、砂糖などの材料もなければ、買うお金もない。それどころか、祖母から養女に出されようとしてしまいます。
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少女の涙に刻まれた、忘れてはならない教訓
しかし、利発なラミアは親友の少年とともに材料集めに奔走します。材料さえ集まれば、祖母との暮らしが続けられると信じて…。
資料によると、子役はもちろん、キャストのほとんどが演技未経験。大変な手間と時間をかけ、シナリオの時系列通りにイラクでロケ撮影していったそうです。
イラクといえば、現在戦争渦中のイランの隣国。こんな映画が撮影できるということは、混迷を極めた政権崩壊後のイラクも少しはマシになったのでしょうか。不思議なことに、最近イラクの情報はまったく入ってきませんよね。本作を見て、現在のイラクを見に行ってみたいと、謎の欲が出てきました。砂漠の国だと思っていたら、こんな水上生活をしている地域があるとは。
戦時中の日本もそうでしたが、為政者の威を借る軍部に対して、何かおかしいと思っていたとしても、誰も声を上げることはできなくなる。揚げ句に悲惨な結末が待っているのだから、違和感はそのままにしてはいけない。ラミアの頬に滲む涙とともに記憶に刻んでおきます。これは決して過去の話ではないですからね。
『大統領のケーキ』
監督・脚本:ハサン・ハーディ 出演:バニーン・アハマド・ナーイフ、サッジャード・モハンマド・カーセム、ワヒーダ・サーベト、ラヒーム・アルハジ 配給:松竹 7月10日(金) 新宿ピカデリー、TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
「週刊実話」7月16日号より
やくみつる
漫画家。新聞・雑誌に数多くの連載を持つ他、TV等のコメンテーターとしてもマルチに活躍。
