さる芸能プロの顧問が業界の芸名騒動を振り返る。
「“契約書で芸名を縛る”というのは、91年に加勢大周が独立騒動を起こした際、前所属事務所『インターフェイスプロジェクト』が所有権を巡って裁判で負けたのが発端。他の事務所も『えっ!?』となり、契約でガードするようになったんだ」
旧所属事務所が新加勢大周(後の坂本一生)なるタレントまでデビューさせた泥仕合は、約1年3カ月に及んだ末、加勢が勝訴。加勢と前所属事務所との間で結ばれた専属契約の中に〈芸名等の使用許諾権は所属事務所側にある〉との旨は明記されていたが、契約が無効になった時点でその効力は失われたという見解で、原告の請求は棄却された。
山岸氏が解説する。
「現在の芸能事務所における芸能専属契約書では、『本契約解除後1年間は有効』など、事後の約束事も書かれています。でも加勢さんの時代は、契約終了後について明文化されておらず、まさに黎明期の契約でした。契約書というものは、過去の裁判例やトラブルなどを踏まえてブラッシュアップされていくもの。芸能契約に関しても、他事務所が裁判で不利な判決を受けたことを踏まえて『ウチはこういうふうに変えていこう』という繰り返しなのです。いずれにせよ、芸能においては裁判沙汰になると誰も得をしません。テレビ局など起用する側にとって、どっちが正しいかは関係なく、『トラブルがあるのであれば、別の人を使います』となりますからね」
加勢の騒動以降も、のんばかりではなく、独立したタレントが改名する事態は後を絶たなかった。
10年に一度引退した愛内里菜は、18年に別名義「R」を名乗って歌手活動に本格復帰し、21年3月から再び愛内里菜に戻した。同年5月に旧所属事務所「ギザアーティスト」から「許諾なしの芸名使用」について提訴されたが、22年12月、東京地裁は両者間で結んでいたパブリシティー権に関する契約条項を〈公序良俗に反し、無効〉とし、ギザ側の請求を退けた。
「パブリシティー権を端的に言えば、物や人の商業的価値です。同裁判ではまず、愛内里菜という芸名に『パブリシティー権はある』と判断された。そのうえで〈何らの制限なく原始的に事務所に帰属する〉という契約条項の文言を裁判所、司法が嫌がったのでしょう。実際、〈事務所が育成のために投じた資本を回収するなどの狙いがあったとしても、何の代償措置もないまま、無期限に芸名使用を認めるかの権限を(事務所に)持たせることまでを正当化するものにはならない〉と指摘しています。例えば一般企業で同業他社への転職を禁じる契約条項があったとしても、縛りは長くて3年が限度でしょうからね」(山岸氏)
近年では21年に「スウィートパワー」の男性部門「スパイスパワー」から契約解除を求めて、岡田健史が訴訟を起こした。和解が成立して独立はしたが、その後は本名の「水上恒司」で活動している。
そんな水上の独立は改名という要素以外にも、のんとの類似性が指摘される。のんの独立の陰には、心酔する演出家の存在がクローズアップされた。タレントの独立に外部の入れ知恵が介在することは多く、水上も例外ではなかったという。
「他の要因もあったとは思いますが、大物女性歌手と関係の深い外部スタッフが独立を誘導したと言われています。結果、コントロールが効かなくなり、前事務所が取ってきた大手クライアントのCM出演を拒否し、周囲は困惑した。改名に関しては、契約書にその旨があったからだと聞いています」(映画関係者)
同様のケースについて、大手芸能プロマネージャーも同調する。
「05年に『バーニングプロダクション』から独立した水野美紀も似たパターンでした。舞台出演を機に、事務所よりも外部に信頼するブレーンができて、影響を受けるようになった。徐々に事務所が取ってきた仕事を断るようになり、『そっちしか信用しないのか』と、物別れに終わったそうですからね」
当然ながら当事者個々の思いについて正誤を判断することはできないが、「隣の芝生は青い」との感覚に陥るタレントは一定数いるのであろう。とりわけ、ギャラが争点となるケースは多いと思われる。

