
『魔女の宅急便』静止画より (C)1989 Eiko Kadono/Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, N
【画像】え、マジで? コチラが高畑勲がいなければ『魔女の宅急便』から無くなっていたかもしれないものです
高畑勲が決めてたのか! 『魔女の宅急便』を決定付けたもの
映画『魔女の宅急便』は、1989年の公開当時、大ヒットを記録しました。原作は角野栄子さんによる同名の児童小説で、監督と脚本は宮崎駿さんが担当しています。
スタジオジブリは当時すでに『天空の城ラピュタ』や『となりのトトロ』『火垂るの墓』など、今や世界中が知る傑作を発表していました。とはいえ、意外かもしれませんが、興行面での大成功は本作が初めてだったと言ってもいいでしょう。
そんな本作はプロデューサー、監督、脚本、その全てを宮崎さんが担当しています。では、ジブリにおける両巨頭である高畑勲監督は、本作に携わっていなかったのでしょうか?
実は映画『魔女の宅急便』は、もともと高畑さんに監督オファーが来ていました。それを断り、宮崎監督に譲ったという経緯もあります。
しかしその後、高畑さんは本作と無関係だったわけではなく、ちゃんと携わっていました。そのクレジットは、意外な役職です。
高畑さんは、「音楽演出」という役職でした。「音楽」は久石譲さんが担当で、劇中に使用される楽曲全般の演出を、高畑さんが担っていたのです。
音楽の教養、造詣の深さからいえば、高畑さんにピッタリの役職ですが、これはあくまでも宮崎さんに頼まれたのでしょうがなく……というのが実情だったと言われています。
しかし、高畑さんはこの「音楽演出」において、映画『魔女の宅急便』を傑作たらしめる、決定的な仕事をしていました。
それは荒井(松任谷)由美さんの楽曲『ルージュの伝言』、『やさしさに包まれたなら』、この既存の曲を使用すると決めたことです。この最終判断を下したのは、高畑さんでした。
とりわけ冒頭シーンでラジオから流れる『ルージュの伝言』は、印象的な使われ方をしています。この楽曲使用に関しては、もともと宮崎監督がタイトルバックで曲を流すプランだったそうです。
その上で『ルージュの伝言』に決めた理由を、高畑さんはインタビューで次のように述べています。
「都会的な気分を代表していて、なおかつ作っているわれわれの世代にもわかるような曲。それはやはりユーミンじゃないだろうかという結論になったわけです」
この「作っているわれわれの世代にもわかるような曲」という目線は重要です。『魔女の宅急便』の公開は1989年で、『ルージュの伝言』のリリースは1975年、『やさしさに包まれたなら』は1974年と、決して「リアルタイム」の楽曲ではありませんでした。
もちろん、荒井さんに新曲を書き下ろしてもらおうという話もあったそうです。しかし、熟慮の末に高畑さんは、この結論に至ります。宮崎監督が、ユーミンのファンであることも加味しての選曲でした。
『魔女の宅急便』とユーミンの楽曲、あの奇跡のような組み合わせを実現させたのは、天才・高畑勲監督だったのです。改めてその偉大な功績・決断に、脱帽せざるを得ません。
参考書籍:『ジブリの教科書5 魔女の宅急便』(文藝春秋)
