
畑を耕し、家畜を育てる農耕社会が生まれてから、人類は自然を積極的に管理するようになったとしばしば考えられてきました。
しかし約7000年前のノルウェーでは、狩猟採集民が、本来は魚のいなかった山岳湖へブラウントラウトを運び入れ、長く利用できる漁場を作っていたと考えられます。
この発見は、将来の食料を確保するための計画的な環境管理が、農耕の開始以前にも行われていたことを示すものです。
ノルウェーのオスロ大学(University of Oslo)による研究は、2026年7月20日付で学術誌『Antiquity』にオンライン掲載されました。
目次
- 魚が自然に入れない湖で、約7000年前の漁具を発見
- 狩猟採集民は山岳湖を長く使える食料源に変えていた
魚が自然に入れない湖で、約7000年前の漁具を発見
最終氷期、ノルウェー内陸部の大部分は氷床に覆われており、現在山岳湖となっている場所にも淡水魚は生息できませんでした。
紀元前8000年頃までに氷が後退すると、人々と魚は内陸へ広がりましたが、一部の水系では急流や滝が壁となり、魚は高地まで自然に遡上できませんでした。
研究対象となったテッセ湖は、ノルウェー南部の山岳地帯にある海抜約854mの湖です。
歴史的には下流域に約25種の魚がいた一方、上流域で知られていたのはブラウントラウトだけでした。
そのため、山岳部の魚は人間が運んだと考えられていましたが、それがいつ始まったのかは不明でした。
ところが2022年、貯水池となったテッセ湖の水位が下がった湖底から、木製の定置式の漁具が発見されます。
研究チームは4基の漁具を発掘し、113点の木材試料を回収しました。
そのうち73本を漁具の杭と判断し、樹種の観察、放射性炭素年代測定、年輪年代学を組み合わせて年代を調べました。
保存状態の悪い一部の杭では、樹脂で固めた薄片やCT画像から年輪を測定しています。
その結果、最古の漁具は紀元前4950年頃で、別の漁具も紀元前5000年頃に位置づけられました。
さらに紀元前3850年頃と紀元前2700年頃の漁具も確認され、少なくとも約2300年にわたる複数の時期に、湖で漁具が築かれていたと分かりました。
これは、ブラウントラウトが遅くとも紀元前5000年頃までには湖へ導入され、漁獲できるほど増えていたことを意味します。
では、漁具の年代から、なぜ魚の放流まで分かるのでしょうか。
その詳しい根拠を次項で見ていきます。
狩猟採集民は山岳湖を長く使える食料源に変えていた
最も詳しく調べられた漁具には46本の杭が残っていました。
40本が直径約3.5mの捕獲室を形作り、6本は魚をそこへ導く柵の一部だったと考えられます。
多くの杭は湖底に垂直に立てられ、11本は30~45度に傾けて構造を支えていました。
杭には切断や割断、結び付けた可能性のある痕跡もあり、人間が加工して組み上げた設備だと分かります。
一方、氷期の山岳部には魚が生き残れず、氷が消えた後も下流の滝や急流が遡上を妨げていました。
さらに周辺の高地では、石器時代の魚骨が見つかった9遺跡のうち、種類を詳しく調べた7遺跡からブラウントラウトだけが確認されています。
鳥が魚卵を運んだという説では、この魚種の偏りや、紀元前5000年頃から山岳漁業の証拠が広がることを説明しにくいため、研究者たちは人間が魚を導入したと結論づけました。
ただし、魚を運んだ容器や運搬場面が見つかったわけではありません。
研究者らは、下流側から同じ水系に沿って段階的に魚を移し、動物の皮袋などで生きたまま運んだ可能性を挙げています。
ちなみに、放した魚が十分な数に増えるまでには、数十年かかった可能性があります。
それでも魚を運んだのは、トナカイやヘラジカを狙う山での狩猟が不確実だったため、長期滞在を支える安定した食料源を確保する目的があったと考えられます。
これは家畜化や養殖ではありませんが、魚のいない湖へ有用な魚を運び、自然繁殖させて繰り返し利用する、計画的な資源管理です。
約7000年前の狩猟採集民は、自然の食料を探すだけでなく、未来の食料が育つ環境そのものを作っていたのです。
参考文献
Centuries before farming, hunter-gatherers introduced fish to the Norwegian mountains
https://phys.org/news/2026-07-centuries-farming-hunter-fish-norwegian.html
元論文
The introduction of fish to the Scandinavian mountains by hunter-fisher-gatherers 5000 BC
https://doi.org/10.15184/aqy.2026.10392
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部

