
人類が初めて手にした「武器」は、何だったのでしょうか?
現代の武器と聞けば、銃や刃物、ミサイルなど、金属や火薬を使った道具が思い浮かびます。
しかし、武器の歴史は金属器の登場よりもはるかに古く、少なくとも数十万年前までさかのぼります。
その最有力候補とされているのが、イギリスで発見された「クラクトンの槍(Clacton Spear)」です。
いったい、どんな特徴を備えていたのでしょうか。
目次
- 人工的に鋭く削られた「イチイの木」
- 本当に槍だったのか?100年以上続いた用途をめぐる議論
人工的に鋭く削られた「イチイの木」
クラクトンの槍が発見されたのは1911年のことです。
場所は、イギリス南東部エセックス州にある海辺の町、クラクトン・オン・シーでした。
発見者は、アマチュアの先史研究者として活動していたサミュエル・ハズルダイン・ウォーレンです。
ウォーレンは当時、海岸に露出していた更新世の地層を調査している際、炭酸カルシウムに覆われた細長い物体を発見しました。
発見直後には、シカの角の先端だと思われていたといいます。
しかし表面を調べると、それは動物の角ではなく、人類によって先端が鋭く加工された木であることが分かりました。
実際の画像がこちら。

素材はイチイです。
発見時の長さは38.7センチ、直径は3.9センチほどで、片方の端が鋭く尖り、もう片方は折れていました。
つまり、現在残っているのは、もともと長かった木製の柄の先端部分だけだと考えられます。
発掘された木は水分を大量に含んでいました。
その後の乾燥や保存処理によって縮み、現在の長さは約36.7センチとなり、発見時には直線的だった形も、わずかに湾曲しています。
1952年にはパラフィンワックスなどを使った硬化処理が行われましたが、その過程でも先端の形に変化が生じました。
現在見られる姿が、40万年前の形を完全に保っているわけではない点には注意が必要です。
それでも、表面には乾燥以前から存在していた平行な筋が確認されています。
これは、鋭い石器で木材を削ったときに残った加工痕だと考えられています。
製作者は単に枝を拾って使ったのではありません。
樹皮を取り除き、木の節を滑らかにし、先端を意図した形へ削り込んでいました。
復元実験では、遺跡から見つかる湾曲した刃を持つ石器を使うことで、クラクトンの槍に近い形を効率よく作れることが示されています。
硬いイチイの木から同様の槍を作るには、実験では約2時間45分を要しました。
柔らかく加工しやすい木ではなく、時間をかけてイチイを選んだことは、当時の人類が木材の性質を理解していた可能性を示します。
では、これを作ったのは誰だったのでしょうか。
候補としてはホモ・ハイデルベルゲンシスや初期のネアンデルタール人が挙げられます。
しかし、クラクトンの同じ地層から製作者を特定できる人類化石は見つかっていません。
そのため、どの人類種が作ったのかは、現時点では分からないというのが正確です。
本当に槍だったのか?100年以上続いた用途をめぐる議論
一方で、研究者たちは「クラクトンの槍が本当に武器だったのか」を長年にわたって議論してきました。
過去には、地面を掘るための棒、雪の下の動物の死骸を探す棒、獲物を捕らえるわなの杭、肉食動物やほかの人類を追い払う棒など、さまざまな説が提案されました。
この解釈の揺れには、当時の研究者が古代人をどのように見ていたかも影響しています。
かつて初期人類は、大型動物を自力で狩る能力がなく、肉食動物の食べ残しを拾う存在だと考えられることがありました。
そのような時代には、クラクトンの槍も積極的な狩猟武器ではなく、死骸を探す道具として解釈されやすかったのです。
しかし詳しい調査では、地面を掘った道具に生じる特徴的な摩耗や光沢が見られませんでした。
樹皮を取り除き、節を滑らかにし、硬い木を鋭く削るという手間も、単なる穴掘り棒としては不自然です。
罠の杭とするには細すぎると判断され、最終的には、獲物を突く、あるいは投げつける槍だった可能性が最も高いと考えられるようになりました。
ただし、槍全体が残っていないため、手に持って突く「突き槍」だったのか、距離を置いて投げる「投げ槍」だったのかを完全に区別することはできません。
クラクトンの槍は、材質や太さ、形状、折れ方などから、一般には近距離で獲物を突く武器だったと解釈されています。

一方、近年の研究では、木製槍の先端形状だけから使用方法を正確に区別することは難しく、古代の槍が突く、投げる、身を守るといった複数の用途を持っていた可能性も指摘されています。
クラクトンの槍が作られた時代、この地域には川沿いの森林や草原が広がっていました。
周辺にはウマやシカ、イノシシ、サイ、オーロックス、バイソン、ビーバー、古代ゾウなどが生息していました。
もしこの槍が大型動物を近距離で突くための武器だったなら、狩人は巨大な獲物へ危険な距離まで近づかなければなりません。
複数人で獲物を追い込み、動きを止め、何度も攻撃した可能性もあります。
ただし、クラクトンの槍だけを根拠に、組織的な集団狩猟が行われていたと断定することはできません。
それでも、硬い木材を選び、専用の石器を作り、時間をかけて先端を整える工程には、完成形を思い描く力と、素材に関する知識が必要です。
その製作技術が集団内で共有されていた可能性も考えられます。
最古級の武器の候補はほかにも
なお、南アフリカの「カトゥ・パン1遺跡」からは、約50万年前の槍先かもしれない石器が発見されています。
しかし木製の柄は残っておらず、本当に槍として使われたかを示す証拠はありません。
また、ドイツのシェーニンゲンでは複数の完全な木製槍が見つかっていますが、その年代はクラクトンの槍より新しいと考えられています。
このためクラクトンの槍は、厳密には「現存する世界最古の加工された木製武器」あるいは「世界最古の保存された木製槍の断片」と呼ぶのが適切です。
クラクトンの槍は、金属の刃も石の穂先も備えていません。
見た目だけなら、鋭く削られた木の枝にしか見えないでしょう。
しかし、その小さな断片には、木材を見分ける知識、道具を加工する技術、完成形を想像する計画性、そして危険な大型動物へ立ち向かった可能性が刻まれています。
木や植物繊維などの有機物は、通常であれば長い年月の中で腐って失われます。
クラクトンの槍より古い武器が存在していたとしても、痕跡を残さなかった可能性は十分にあります。
つまり、この槍は「人類が初めて作った武器」そのものとは限りません。
それでも約40万年の時を超えて残ったその先端は、私たち以前の人類が、すでに自然の素材を武器へ作り変える知恵を持っていたことを伝える、極めて貴重な証拠なのです。
参考文献
What’s the oldest weapon in the world?
https://www.livescience.com/archaeology/whats-the-oldest-weapon-in-the-world
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

