
一般企業勤務から海外挑戦へ…オランダの日本人女子第1号となった“35歳元なでしこ”がつなぐ後進へのバトン「私は縁、運、恩を大切にしてきました」
日本人女子サッカー選手のなかで、最初にオランダに渡ったのが元日本女子代表「なでしこジャパン」の吉良知夏だ。6月に国賓としてオランダを公式訪問された天皇、皇后両陛下に拝謁する得難い経験ができたのも、当地で新境地を開拓した功績によるものだ。35歳になったばかりのMFは、8月にはオランダで4年目のシーズンに挑む。
大分県臼杵市出身の吉良は12歳で親元を離れ、中学と高校は鹿児島県の神村学園で過ごした。1、3年生で全日本高校女子選手権準優勝。全国高校総体の女子部門は、まだ創設されていなかった。
高校1年の2007年はU-16とU-19の日本女子代表に選ばれ、ふたつの女子アジア選手権に臨み、両大会での準優勝に貢献。翌年のU-17女子ワールドカップ1次リーグのフランス戦では、8分間でハットトリックを達成した。
なでしこリーグの浦和レッズレディース、ジェフ千葉レディース、東京電力女子のほか大学2チームから練習参加の申し出があった。神村学園中・高の2つ先輩、堂園彩乃が活躍していたことに加え、「(09年に)リーグ優勝した浦和は、練習の強度が一番高く成長できると思った」という理由で10年に加入した。
高校3年の冬に左第5中足骨を疲労骨折し、1年目は2度の手術とリハビリに大半の時間を費やした。リーグ戦出場はなく、12月19日の全日本女子選手権3回戦がデビュー戦で、相手は母校の神村学園高。後半21分から出場し、1点を奪った。
背番号が10に変わった2年目は、FWの主力としてリーグ戦全試合に出場。チーム最多の9点をマークして新人賞にも輝いた。翌年も攻撃の主軸らしい働きぶりで、キャリアハイの10得点。5年目の14年は9点を挙げ、3度目のチーム最多得点者となって自身初のリーグ優勝を成し遂げた。日本女子代表にデビューしたのもこの年だ。
08年から浦和の監督を5シーズン務め、吉良を3年間指導した村松浩は「レッズのストライカーとして、長く活躍できそうなポテンシャルの高さを感じた。エースになってほしい思いもあり、スタッフと相談して(欠番だった)背番号10を付けてもらいました」と述懐する。
村松が「味方をうまく使う思いやりのある選手だった」と言えば、憧れの先輩だった北本綾子は、「ピュアな人柄でみんなにかわいがられました。彼女を嫌いな人はいないのでは」と人となりを評した。
チームにはプロ契約選手もいたがアマチュアの吉良は、浦和のスポンサーである環境貢献企業、株式会社エコ計画に10年間勤務。午前8時半から午後3時まで事務職をこなし、6時半から練習に参加するのが日課だった。「社長をはじめ優しい方々ばかりで、試合の応援にも駆け付けてくれました」と感謝する。
海外でプレーする夢は、20歳くらいからずっと抱いていたそうだ。
年代別日本女子代表の同僚だった1つ上の熊谷紗希が11年夏、1つ下の岩渕真奈が12年冬、ともにドイツへ渡ったことに奮い立つ。だが重い怪我や手術、新監督就任による期待感などもあってタイミングを逃し続けたという。プロのWEリーグ開幕が21年9月に決まったが、年齢的にも海外挑戦の時機到来と決断し、19年限りで退団した。
「浦和では日本女子代表の北本綾子さんや矢野喬子さんと練習し、トップレベルの力を身近に感じることができた。私はFWなので、かわいがっていただいた北本さんのプレーがとても勉強になりました。テレビで見ていた山郷のぞみさん、荒川恵理子さんと一緒に過ごせたことも刺激的でした」
ところが所属先がオーストラリアのメルボルン・シティに決まったのが、浦和での最終戦から1年後の20年12月だ。同クラブに3シーズン所属した近賀ゆかりの仲介で、移籍がまとまった。
代理人はいない。これまでの移籍はすべて旧知の人々が取り持ってくれた。これも吉良の人柄だろう。
メルボルンで半年、なでしこリーグのオルカ鴨川で2年プレーし、23年1月からスペインのSE AEMに半年いた。この移籍にしても浦和時代の同僚、千葉望愛がつないでくれたものだ。
3月、バルセロナBとのリーグ戦を観戦したオランダ人コンサルタント、エドワード・リッカートから「オランダでやってみないか」と誘われた。胸が高鳴ったのにはわけがある。
浦和は15年5月、オランダで開催されたグルーネウェーゲン国際大会に招待され、8クラブの頂点に立った。MVPに輝いた吉良はこの時、観客の熱気と気さくな街の人々に魅了され、「いずれはオランダでやりたい」と心に決めたという。
23年8月にテルスターへの移籍が決まった。オランダでプレーする日本人女子第一号が誕生したのだが、浦和はかの国際大会準決勝でテルスターと対戦しており、当時のテクニカルディレクターは吉良のことをよく覚えていたそうだ。
吉良は「浦和での出会いと経験が今の私をつくり、海外進出の夢をかなえる土壌になりました」としみじみ語る。
テルスターでの2年間はトップ下を担当し、リーグ戦44試合すべてに先発して6得点。昨季はテルスターの女子を吸収したヘラ・ユナイテッドで、最年長としてプレーした。オランダに進出した23年、日本の女子は吉良だけだったが、24年1月に古賀塔子、同年9月に竹重杏歌理が続き、昨季は9人を数えた。
先鞭をつけた吉良はこの6月、オランダの日本大使館に招かれ、同国を公式訪問された天皇、皇后両陛下に拝謁。3分も会話を楽しむかけがえのない経験をした。「3年間やってきて良かった。身に余る光栄です」と満面に笑みを浮かべた。
4年目のシーズンは怪我なく過ごし、2年連続の3得点・3アシストを目標に掲げる。オランダを選択肢に加える若手が増え続けるためにも、奮闘を続ける覚悟だという。
「私は縁、運、恩の3つを大切にしてきました。たくさんのご縁をいただいたので、これからは少しずつ恩返ししていきたい。そのご縁を自分だけでなく、これから海外に挑戦する若い選手にもつなげていこうと思います」
現在、オルカ鴨川の取締役社長兼GMとして手腕を振るう北本は、「選手としての活躍を願うのはもちろんですが、いつまでも愛される吉良でいてくれたら嬉しい。大勢の人がお世話してくれるのは人間性に尽きるのですから」とエールを送った。
(文中敬称略)
取材・文●河野 正
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