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史上最大のW杯は本当に成功だったのか? 48か国開催が残した新記録ラッシュの裏で“失われたもの”【識者コラム】

史上最大のW杯は本当に成功だったのか? 48か国開催が残した新記録ラッシュの裏で“失われたもの”【識者コラム】


 39歳になったリオネル・メッシがハットトリックで弾みをつけた北中米ワールドカップは、ペレのアシスト記録を塗り替えたマイケル・オリーセの後押しを受けてキリアン・エムバペが歴代最多得点記録を更新。メッシは最多連続試合ゴールを、フランス代表を指揮したディディエ・デシャンは大会最多勝利を更新し、さらにジュード・ベリンガムとハリー・ケインも史上最多デュオ得点(ともに6ゴール)でチームを牽引するなど、5週間に渡る祭典では世界のスターたちがほぼ漏れなく輝き新記録ラッシュとなった。

 日本で初めてW杯決勝が生中継されたのが1974年。この西ドイツ大会は、北中米大会より1日遅れの6月13日に開幕し、西ドイツ対オランダの七夕決戦で終焉を迎えたので、共催3か国に48か国が集結した今回よりは2週間近く短かった。

 16か国の狭き門に最後に滑り込んだのが、スペインとのプレーオフを制したユーゴスラビアで、開幕戦では前回覇者のブラジルと対戦。まだアマチュアしかなかった日本にとって、W杯は別世界の濃密な玉手箱だった。

 52年前の西ドイツ大会で、アフリカ代表はザイール(現DRコンゴ)1カ国だけだった。初出場のザイールは列強の強さに面食らい、グループステージ(GS)3戦でスコットランドに2点、ユーゴスラビアに9点、ブラジルに3点を許し、ひとつもゴールを挙げられなかった。ところが約半世紀を経た北中米大会ではアフリカからの出場国が10倍に膨れ上がり、うち9か国がラウンド・オブ(R)32に進出。74年大会以来の出場となったザイールも、コンゴ民主共和国として名実ともに生まれ変わり、GSではポルトガルを追い詰め、R32でもイングランドに食い下がるなど見事に半世紀前の雪辱を遂げた。
 
 アフリカ勢では前回4位のモロッコが、今回もブラジルやオランダを内容で凌駕しており、開催国となる次回は有力な優勝候補に浮上するかもしれない。逆に9か国参加のアジアはR32に進んだのが日本とオーストラリアのみで、ともにノックアウトステージ(KOS)では初戦で敗退。大陸のリーダー3か国が開催側に回った北中米カリブは3か国、オセアニアはニュージーランドを送り込んだが、いずれも未勝利の最下位でGSを終えた。

 つまり表向き盛況の要因は、出場国が増えても番狂わせが少なかったことだろう。48か国は12個のグループに分かれて12か国をふるいにかけたわけだが、FIFAランク十位台ではウルグアイ、20位代ではイラン、トルコ、韓国が滑り落ちただけだった。

 逆に同ランクの1~4位が順当にベスト4を占め、終盤にかけては期待通りの好カードが続いた。確かに日本は一見抽選に恵まれなかったが、同居したチュニジアが勝点0で得失点差も「-10」と48か国中47位の成績だったことを考えれば、KOS進出という最低ライン維持に関してはツキがあった。

 スターを擁した強豪国が着実に勝ち進み、過去に例を見ない長い助走の間に様々な記録が積み上がった。そういう意味で、48か国枠開催で誕生した多くの記録は「追い風参考」とも言えた。ただし目玉商品の至芸を繰り返し堪能できたという点で、現場に足を運ばない大方のファンには極上のイベントに映ったに違いない。

 しかし反面、本来の主役である当事者目線に転換すれば、これほど迷惑な大会はない。例えば世界最高水準のリーグを持つイングランドは、およそ地球の3分の2周に相当する2万5320キロもの移動を繰り返しながら、1か月間で8試合をこなすことになった。ダラス→ボストン→ニュージャージー→アトランタと全て異なる4都市とベースキャンプの往復を連ね、R16ではついに国境を越え標高2240メートルのメキシコ・シティで開催国との苦闘を強いられた。
 
 プレミアリーグを制したアーセナルのデクラン・ライスなどは5月30日にUEFAチャンピオンズリーグ決勝を戦い抜くと、それから19日目にW杯に突入。事実上の消化試合となったGS3戦目のハイチ戦以外はすべてスタメン出場した。もちろんそれはフランス代表とアーセナルでCBを務めるウィリアム・サリバも似たようなもので、大事なスペインとの準決勝前半で、とうとう足が悲鳴を上げ座り込むことになった。

 4年後に100周年を迎える地球で最も注目度の高いスポーツの祭典は、全てのフットボーラーの脳裏に夢の舞台と刻み込まれているので、ピッチに立てば誰もが限界まで力を絞り出す。しかし、シーズンオフに理想とは乖離した条件で強行されるステージの実態は苦行でしかなく、プレイヤーを確実に消耗させる。その点ではFIFAを批判するUEFAを筆頭とする各大陸連盟も同じ穴のムジナで、健やかな選手生活を犠牲にしても目玉トーナメントの拡大路線へと突っ走っている。

 なるほどFIFAのジャンニ・インファンティーノ会長が喧伝するように、48か国枠のW杯も退屈ではなかった。実際に普及を優先するなら、なるべく多くのチームにチャンスを与えるのが得策で、それは全ての都道府県に参加枠が開放された高校選手権も証明している。

 もはや御三家(静岡、埼玉、広島)の呼称さえ知る者は少なくなり「全国で勝つより静岡を勝ち抜くほうが難しい」と言われたのも今は昔だ。だが反面、それならおよそ2年間もかけて行なわれる大陸予選は何を意味するのだろうか。16か国や24か国で争われた頃のW杯は、希少価値の高い本大会への切符を掴み取るまでの推移が、壮大で重厚なストーリーを紡ぎ出していた。
 
 もしかすると今日本は、青森山田や、かつての国見と似た状況に置かれているのかもしれない。W杯が32か国開催に移行してから、日本は7大会連続して出場を果たし、48か国開催になった今回も楽々と予選を突破した。だが試合数ばかりが担保される大陸予選は、むしろ強化の邪魔をしている。4年ごとに必ず世界の祭典に顔を出し盛り上がれるのは有益だが、弱小大陸のお山の大将が世界を追いかけるのは至難の業だ。

 インファンティーノ会長は、フットボール界を牽引する欧州より、追いかける国々の味方だと強調する。しかし一方では、常軌を逸したチケットや放映権の価格設定で、平然と大会から庶民を遠ざけている。

 すべてが肥大化したW杯にも、品評会として機能していた頃を彷彿とさせるサプライズが散見された。エジプトやカーボベルデが前回王者のアルゼンチンを窮地に追いつめていくシナリオは、チャンピオンズリーグの組み換えのように見慣れた選手たちばかりが躍動する頂点近くの攻防以上に、フットボールの深遠な可能性を示していたかもしれない。

 ただし競技の質を高めていくには拮抗した顔合わせによる濃密な試合の連鎖が不可欠で、長過ぎるプロローグは冗漫になる。GSを突破した時点で田中碧は言った。

「これからが本当のワールドカップ」

 おそらくR32に進出した大半の国の選手たちが、同じように感じていたはずである。

文●加部究(スポーツライター)

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配信元: SOCCER DIGEST Web

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