
海の中で、頭を上に向け、巨大な柱のように静止するマッコウクジラの奇妙な姿。
これは事故でも病気でもなく、マッコウクジラ特有の休息姿勢です。
マッコウクジラは、垂直姿勢で休むことが知られている唯一のクジラです。
海面直下にとどまれば波の影響を避けつつ、呼吸が必要になったときには短時間で浮上できます。
しかしながら、水中で垂直になって眠るという芸当は、なぜ可能なのでしょうか?
私たちに例えると、まっすぐ立ったまま寝るようなものです。
そんな中、英セント・アンドリューズ大学(University of St Andrews)らの最新研究で、垂直姿勢の鍵が息中に吐き出す「泡」にあることが明らかになりました。
研究の詳細は、2026年7月23日付で『Journal of Experimental Biology』に掲載されています。
目次
- 眠りながら何度も泡を吐いていた
- 泡を吐いて「浮く力」を弱めていた
眠りながら何度も泡を吐いていた
マッコウクジラは、頭を上にした垂直姿勢でほとんど泳がずに休みます。
しかし、ここには大きな謎がありました。
マッコウクジラの肺には空気が入っています。
空気が入った浮き輪が水に浮くように、肺の中の空気もクジラの体を海面へ押し上げます。
それなのに、マッコウクジラはどうやって垂直姿勢を保つことができるのでしょうか?
【垂直姿勢で休息するマッコウクジラの実際の画像がこちら】
そこで研究チームは、ノルウェーの海にいる42頭のオスのマッコウクジラに、小さな記録装置を取り付けました。
この装置は吸盤で体に付けられ、クジラがどのくらいの深さにいるのか、どちらを向いているのか、どんな音を出したのかを記録します。
その結果、17頭から合計61回の休息が記録されました。
そして、そのうち56回(約92%)で、クジラが泡を吐く音が聞こえました。
つまり、ほとんどの休息中に泡を吐いていたのです。
1回の休息では、平均して約8回の泡が確認されました。
とくに海面に近い場所で休んでいるクジラは、深い場所から浮かびながら休んでいるクジラよりも、たくさん泡を吐いていました。
これは、海面に近いほど肺の空気がふくらみやすいからだと考えられます。
深い海では水の力が強く、肺の空気は小さく押しつぶされています。
しかし、海面へ近づくと、水の力が弱くなり、肺の空気がふくらみます。
すると浮く力も強くなり、クジラはさらに海面へ押し上げられてしまいます。
では、これらの観察結果は何を意味するのでしょうか?
泡を吐いて「浮く力」を弱めていた
観察されたように、マッコウクジラは、肺などにあるガスを泡として少しずつ外へ吐き出していました。
ガスが減れば、浮き輪から空気を抜いたときのように、浮く力も弱くなります。
つまり、マッコウクジラは、少し浮きそうになると泡を吐き、浮く力を弱めることで、海面の下にとどまっていたと考えられるのです。
チームは、クジラの体の重さ、水の抵抗、体内にあるガスの量などを使い、コンピューター上でも動きを再現しました。
体内のガスが少しずつ減るように設定すると、実際に観察されたマッコウクジラの動きに近くなりました。
反対に、体内のガスの量が変わらないように設定すると、コンピューター上のクジラは実際よりも速く海面へ浮かんでしまいました。
この結果から、泡を吐く行動は、マッコウクジラが浮力を調節するために役立っている可能性が強く示されたのです。

ただし、研究者たちはクジラの脳波を測ったわけではありません。
そのため、垂直姿勢のクジラが本当に深く眠っていたのか、泡を意識して吐いていたのかは、まだ分かっていません。
泡には、体の中にたまった二酸化炭素や窒素などを外へ出す役目もあるかもしれません。
私たち人間は、布団やベッドに体をあずけて眠ります。
しかし海の中には、体を支えてくれる床がありません。
そこでマッコウクジラは、泡を吐いて浮く力を細かく調節し、海面の下に自分だけの「寝床」を作っていたようです。
眠るクジラから静かに上がる泡は、巨大な体を海の中にとどめるための大切な仕組みなのかもしれません。
参考文献
Sperm whales blow bubbles to achieve restful, vertical sleep
https://www.eurekalert.org/news-releases/1136950
Sperm whales blow bubbles to help them nap
https://www.popsci.com/environment/sperm-whales-bubbles-sleep/
元論文
Buoyancy regulation through modulation of onboard gas volume by resting sperm whales (Physeter macrocephalus)
https://doi.org/10.1242/jeb.251920
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

