最新エンタメ情報が満載! Merkystyle マーキースタイル
「世代論」で読むプロ野球〈ハンカチ世代・続〉(5)十字架を降ろさず、未来へ

「世代論」で読むプロ野球〈ハンカチ世代・続〉(5)十字架を降ろさず、未来へ

 引退後の斎藤は、意外なほど自然に次の場所へ移った。いや、自然に見えるだけで、そこにも彼なりの覚悟があったのだろう。

 現在は「株式会社斎藤佑樹」の代表として活動し、「野球未来づくり」を掲げている。公式サイトには、プロ野球のマウンドに立ち続けることはできなかったが、野球を通じて誰かの力になる日々を続けたい、という趣旨のメッセージが置かれている。

 この言葉は、実に斎藤らしい。彼は現役時代、誰よりも「期待」の重さを知った。才能だけでは届かない現実も知った。身体が思うように動かなくなる怖さも、世間のイメージと実像が離れていく苦しさも知った。その経験は、勝ち星にはならなかった。タイトルにもならなかった。

 だが、次世代に渡せる知恵にはなる。セゾンニュースのインタビュー(「経営者に聞く革新のストーリー」25年2月17日)でも、引退後に会社を立ち上げ、野球場づくり、キャスター業など多方面で活動していることが紹介されている。

 考えてみれば、斎藤ほど「野球の光と影」を同時に知る人物も少ない。甲子園の頂点、社会現象、ドラフト1位、プロでの挫折、故障、批判、引退、そして再出発。もし彼がプロでも大エースになっていたら、ハンカチ世代の物語はもっと単純だったかもしれない。「甲子園の王子がプロでも王様になった」─それはそれで美しい。だが、現実はそうならなかった。だからこそ、斎藤の物語には苦味がある。そして、その苦味こそが、今になって深い味になっている。

 ハンカチ世代の明暗を語る時、斎藤はどうしても「暗」の側に置かれがちだ。田中の勝利数、前田の実績、坂本の安打数、柳田の豪快な打撃。それらと並べれば、斎藤のプロ成績は見劣りする。

 だが、彼がいなければ、この世代は「ハンカチ世代」とは呼ばれなかった。彼があの夏に全国を巻き込み、田中との決勝を神話にしたからこそ、88年組は物語として始まった。

 斎藤が背負った十字架とは、スターであり続けることではなかった。スターでなくなっていく自分を、人前で受け止め続けることだった。勝てない日も、投げられない日も、比較される日も、彼は野球から完全には逃げなかった。最後にその十字架を捨てるのではなく、「野球未来づくり」という形で持ち替えたところに、彼の生き様がある。

 あの青いハンカチは、もともとは汗を拭うためのものだった。だが、いま振り返れば、それは斎藤佑樹という選手の運命を象徴していたようにも見える。熱狂の汗、期待の汗、苦闘の汗、そして再出発の汗。彼はそれらを何度も拭いながら、野球人生を歩いてきた。

 ハンカチ王子は、王様にはならなかった。けれど、王子の看板を背負わされた青年は、最後まで自分の足で立とうとした。その姿は、勝利数より少し遅れて、ようやく評価されるべきものなのかもしれない。

ゴジキ:野球評論家・著作家。著書に「データで読む甲子園の怪物たち」(集英社新書)と「マネジメント術で読むプロ野球監督論」(光文社新書)ほか。発売前から重版となった最新刊「システムで読む甲子園」(カンゼン)が絶賛発売中。Yahoo!ニュースエキスパート。

配信元: アサ芸プラス

あなたにおすすめ