斎藤のプロ通算成績は、89試合登板、15勝26敗、防御率4.34。甲子園の英雄、ドラフト1位、ハンカチ王子という肩書きからすれば、物足りない数字だと言われても仕方がない。本人も引退時のコメントで、期待に沿う成績を残せなかったという趣旨の言葉を残している。21年10月1日、日本ハムは斎藤が同年限りで現役を引退すると発表した。
ただし、ここで話を終わらせると、斎藤という選手の輪郭を見誤る。なぜなら彼のプロ生活は、「活躍できなかったスター」の一言では片づかないからだ。
むしろ彼のすごさは、負けた後にあった。打たれ、落とされ、故障し、比較され、揶揄され、それでも11年間、プロ野球選手であり続けた。派手な復活劇はなかったかもしれない。だが、派手な復活劇がないままマウンドに戻ろうとし続けることもまた、相当にしんどい作業である。
彼は途中から、勝利数だけで評価される選手ではなくなっていた。もちろんプロである以上、成績は最重要だ。そこをごまかして美談にするのは違う。
けれど斎藤の場合、毎年のように「今年こそ」「もう厳しい」「まだやるのか」という声を浴びながら、それでもユニフォームを着続けた事実がある。期待されることより、失望され続けることのほうが、よほど精神を削る。まして彼の場合、失望の基準点が甲子園優勝という巨大な光だった。
日本ハムでの11年は、斎藤にとって、栄光の答え合わせではなかったのだろう。むしろ、栄光に引きずられた人間が、それでも自分の野球を捨てないための時間だった。プロ1年目の6勝、2年目の開幕投手、故障後の長いリハビリ、一軍と二軍の往復。そこには、かつての「王子」という呼び名からは想像しにくい、泥臭い日々があった。通算15勝という数字は、甲子園の神話を満たすものではない。だが、11年間現役であり続けたという事実は、別の意味で重い。
この生き様とは、勝者の輝きではなく、見られ続ける者の耐久力だったのかもしれない。スターは普通、活躍しているから見られる。斎藤は違った。活躍できない時期にも見られた。批判されるために見られ、比較されるために見られ、過去と現在の落差を語られるために見られた。それでも、マウンドに向かった。これはなかなかできることではない。才能の証明ではなく、折れなさの証明である。
ゴジキ:野球評論家・著作家。著書に「データで読む甲子園の怪物たち」(集英社新書)と「マネジメント術で読むプロ野球監督論」(光文社新書)ほか。発売前から重版となった最新刊「システムで読む甲子園」(カンゼン)が絶賛発売中。Yahoo!ニュースエキスパート。

