新シーズンに向けて、ミランと並んでクラブレベルで非常に大きな変化があったのが、同じようにCL出場権を逃して昨シーズンを終えたユベントス。わずか1年前に招聘したダミアン・コモリCEOを解任し、同じセリエAのサッスオーロからジョバンニ・カルネバーリを引き抜いて後任に据えた。
カルネバーリは、2014-15シーズンから12年にわたってサッスオーロのCEOを務め、単なる地方の中小クラブからセリエA中位に定着する優等生クラブへと成長させた65歳の敏腕経営者。1980年代後半から90年代半ばにかけて、モンツァ、コモ、ラベンナなど下部リーグのクラブで、現インテル会長ジュゼッペ・マロッタと行動を共にした経歴を持ち、その後設立して現在もオーナー会長を務めるスポーツマーケティング会社は、イタリアサッカー連盟やレーガ・セリエAの仕事も受注する大手のひとつ。クラブ経営者としてだけでなくカルチョ産業の中枢に深く食い込んでいる重要人物である。
下部リーグからの叩き上げで、強化とビジネスの両面からカルチョの世界を熟知しているエキスパートという点では、イングランド、トルコ、フランスで経験を重ねた国際派だがイタリアは初めてだった前任のコモリとは対照的なキャリアの持ち主。欧州サッカー界最先端の国際基準に基づいてクラブを再構築しようという野心的なアプローチを一旦棚上げして、まずは国内での競争力を高めイタリアにおける覇権を取り戻すことに照準を合わせ直したトップ人事と言えるかもしれない。
ユベントスは、2022年末にアンドレア・アニェッリ前会長以下経営陣が不正会計問題の責任を取って総辞職して以降、経営、強化、チームの現場という3つのレベルのいずれにおいても継続性が確立できないまま、2年と持たずに人が入れ替わる混迷が続いてきた。カルネバーリには何よりも、この混迷に終止符を打ち、「持続可能な」経営モデルを確立することが期待されている。
アニェッリ体制総辞職を受けて、2023年初めから2025年9月までCEOを務めたマウリツィオ・スカナビーノは、ユベントスの親会社エクソール(オーナーであるアニェッリ家の持株/投資会社)が、ガバナンスと財務の両面で混迷に陥ったクラブを立て直すために送り込んだ、いわば危機管理担当経営者だった。その在任中、経営面に関してはコストの圧縮と収入増によって収支バランスの改善が進んだものの、肝心の「本業」部分、すなわちチーム強化とピッチ上の結果に関しては、迷走と言うしかない状況が続いた。
23-24は、強化責任者としてナポリから引き抜き、フットボール部門の責任者(チーフ・フットボール・オフィサー=CFO)に据えたクリスティアーノ・ジュントリと就任4年目を迎えていたマッシミリアーノ・アッレーグリ監督の不和が表面化し、シーズン終盤に解任劇にまで発展。続く24-25はジュントリ主導で招聘したチアゴ・モッタ監督がチームを掌握しきれず、3月にイーゴル・トゥドルへの監督交代を強いられる。それでも、2年続けてチャンピオンズリーグ出場権だけは確保したことがせめてもの慰めだった。
そして迎えた昨シーズン(25-26)、経営面で後ろ向きの危機管理局面が一段落したのを受け、オーナーのアニェッリ家当主ジョン・エルカンは、スカナビーノに替わるCEOに、アーセナル、リバプール、フェネルバフチェ、トゥールーズで、データ分析を積極的に取り入れた先鋭的な経営/強化戦略によって実績を残してきた53歳のフランス人コモリを招聘し、前向きな視点から経営体制の再構築へと舵を切った。
コモリは、クラブの組織体制を、強化の権限を1人のダイレクター(役職名はFD、TD、SDなどクラブによってさまざま)に集中させるイタリア型から、CEOの直下に置いた複数のダイレクターによる合議制で進める英米的な文鎮型組織(プレミアリーグに多く見られる)に再編するなど、クラブの内部から変革に取り組んだ。
しかし肝心のチーム強化では、新監督のリクルーティングに失敗して(ジャン・ピエロ・ガスペリーニとアントニオ・コンテにオファーを断られた)、トゥドルの続投という消極的選択を強いられる多難なスタート。戦力補強でも最優先ターゲットだったCFランダル・コロ・ムアニの獲得に失敗し、移籍期限最終日のパニックバイでまったくタイプの異なるルイス・オペンダを獲得するなど、ちぐはぐな立ち回りが続いた。
シーズン開幕後も、序盤からチームが困難に直面すると、10月末には早くもトゥドルを見放して後任にルチャーノ・スパレッティを招聘。しかしそのスパレッティとも冬の補強を巡って対立関係に入り、最終的にはCL出場権に手が届かない6位という、不本意きわまりない結果でシーズンを終えることになる。
ピッチ上の結果はネガティブなものだったが、スパレッティは過去数シーズン十分な結束に欠けているように見えたチームを掌握して、明確な戦術的アイデンティティーを与えつつあり、その点はクラブ内外でポジティブな評価を受けていた。問題は、新シーズンに向けた戦力補強について、コモリとスパレッティの間に明らかな意見の対立が生じていたことだった。スパレッティは、自身の要望が十分に聞き入れられない状況に対して公の場でも不満を隠さず、両者の対立は白日の下に晒される事態となる。「コモリか、スパレッティか」という二者択一を迫られたオーナーのエルカンが下した結論が、コモリの解任とカルネバーリの招聘だった。
そのカルネバーリは、スポーツマーケティングのエキスパートであると同時に、サッスオーロにおいては選手の発掘と価値向上、高値売却というサイクルを回しながら、戦力レベルも維持向上させるという難しい課題を高いレベルでクリアしてきた、イタリアでも指折りの敏腕経営者。中小クラブで実績を重ねて下部リーグからのし上がってきた叩き上げという点では、ある意味で師匠格ともいうべき存在であるインテルのマロッタ会長にも通じるところがある。冒頭でも触れたように、野心的な「国際基準」から地に足のついた「イタリア基準」に立ち戻って組織体制を見直すことで、継続的な成長の土台となる「持続可能な」経営モデルを再確立することが、招聘の目的と言えるだろう。
事実、カルネバーリが就任後最初に手をつけたのは、ピッチ上に直結する強化部門の組織再編だった。CEOの下に複数のダイレクターが並列的に配置される英米型の組織を見直し、フットボール部門の総責任者(チーフ・フットボール・オフィサー)としてミラン、ローマでスポーツダイレクターを歴任したフレデリック・マッサーラを招聘。それに合わせて、コモリが連れてきたテクニカルダイレクター(TD)のフランソワ・モデストとの契約を解消している。
フットボール部門総責任者のポストは、アニェッリ時代の末期にファビオ・パラティチ(現フィオレンティーナSD)がその座について以降、フェデリコ・ケルビーニ(現パルマCEO)、クリスティアーノ・ジュントリ(現アタランタSD)が務めてきたもの。その下で移籍オペレーションを担当するSDには、マルコ・オットリーニが残留する形になっており、かつてのイタリア型組織体制に戻した格好だ。
それに伴って、これまでフットボール・ストラテジー・オフィサーというポストでコモリの片腕的な位置づけだったジョルジョ・キエッリーニは、FIFAやUEFA、レーガ・セリエAなどとの渉外担当ともいうべきチーフ・クラブ・アフェアーズ・オフィサーに肩書きが変わり、強化に関する意思決定ラインから外れている。
この組織再編には、コモリ体制下の大きな問題だった経営と現場の齟齬や対立を解消するという狙いもある。チームの継続的な成長と発展のためには、両者の意志疎通、意思統一が不可欠であることはいわずもがな。「コモリか、スパレッティか」という二者択一で後者を選んだ以上、CEOを中心とする経営サイドが主導して進める形だったチーム強化(とりわけ戦力補強)に、現場のトップである監督がより強く関与し、意見・要望を反映できる状況を整えるのは必然だったと言える。
ただし、カルネバーリCEOの下、マッサーラCFOとスパレッティ監督が連係して進めることになる今夏の移籍マーケット/チーム強化には、大きな足かせがかかっている。この6月末にUEFAと結んだファイナンシャル・サステナビリティ・ルール(FSR=旧ファイナンシャル・フェアプレー)に基づく和解協定によって、向こう3シーズンの移籍オペレーションに大きな制約を受けているからだ。
これは、22-23から24-25までの3シーズンを対象とする審査において、損益の赤字幅がFSR基準の定める最大6000万ユーロ(約111億円)を超過した(=FSR違反)ことに対する制裁という意味合いを持っている。22年の不正会計問題に関しては、UEFAから23-24の欧州カップ戦(カンファレンスリーグ)出場権剥奪の処分を受けたことですでに決着しているが、今回の和解協定はFSRの審査期間である22-23からの3シーズンにおける累積赤字を対象とするもの。この3シーズンの決算では、合計およそ3億6000万ユーロ(約668億円)の赤字を計上しており、FSRの計算式(インフラ、育成、女子サッカーへの投資などが控除される)でも限度額を大きく超えることは必至と見られていた。
処分の内容は、25-26の赤字額を6000万ユーロ以内、26-27はブレイクイーブン、27-28には3年間累積の赤字総額を6000万ユーロ以内に抑えることを義務付けるというもの。さらにUEFAコンペティション(今シーズンはヨーロッパリーグ)へのAリスト選手登録に関しては、新加入選手の獲得コストが売却・退団によって削減されたコストを超えてはならない(つまり売った分しか補強に使えない)という制約もかかる。
したがって今夏の移籍マーケットには、経常損益での赤字を圧縮するためのスカッドコスト(人件費+移籍金減価償却費の総額)削減を進めながら、さらに移籍収支をプラスに維持するという、きわめて難易度の高いオペレーションが要求されることになる。
『Transfermarkt』によれば、現時点における移籍収支はおよそ4700万ユーロ(約87億円)の赤字。ジェノアから獲得した19歳のCFジェフ・エカトールの移籍金1640万ユーロ(約30億円)は、マルセイユが買い取ったティモシー・ウェアの売却益などでカバーできているが、昨夏に買い取り義務付きレンタルで獲得したオペンダ、昨冬にニースからレンタルしたジェレミー・ボガの買い取りに支出した計4750万ユーロ(約88億円)が、そのまま赤字として残っている格好だ。
そのため今後は、既存戦力の売却と新戦力の獲得を合わせて、5000万ユーロ(約92億円)近い黒字を出さなければならない計算。となるとまずは「買い」よりも「売り」が焦点となってくる。スパレッティから見て余剰戦力であるオペンダ、ジョナサン・デイビッド、エドン・ジェグロバ、トゥーン・コープマイネルスといった選手は、残余簿価が大きいため高値で売却できなければ帳簿上の利益を出せないが、昨季のパフォーマンスが悪く市場価値が下がっているという難しい状況だ。
利益を出すためには、ケフレン・テュラム、ブレーメル、ピエール・カルル、アンドレア・カンビアーゾといったレギュラークラスの売却を強いられる可能性が高いというのが、現時点における観測だ。もしそうなっても、その穴を埋める新戦力を売却益よりも低い移籍金で獲得しなければ、トータルの移籍収支をプラスにすることはできないわけで、「コスパ」のいい新戦力の発掘から移籍交渉まで、きわめて難易度の高いオペレーションが必要になってくる。
確かなのは、今夏も含め少なくとも向こう1~2年、ユベントスは積極投資による戦力強化に代表される「攻めの経営」ではなく、コスト圧縮と収支改善を進めながら戦力を維持する「守りの経営」を強いられるということ。カルネバーリCEOとスパレッティ監督の下で、経営と現場の連係を確立してこれまでの迷走に終止符を打ち、経営組織と財政基盤の確立、継続性を持ったチーム強化という一本の筋を通していくことができれば、2020年代に入って以来続いてきた「臥薪嘗胆」の時期にも遠からずピリオドを打つことができるはずだ。
今夏の移籍マーケットは、今シーズンがその第一歩となるかどうかを占う試金石になりそうだ。
文●片野道郎
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