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「彼は自分を孤立させていた」元レイカーズ関係者が明かす若きコビーの素顔と成長「答えを見つけ出した」<DUNKSHOOT>

「彼は自分を孤立させていた」元レイカーズ関係者が明かす若きコビーの素顔と成長「答えを見つけ出した」<DUNKSHOOT>

殿堂入り選手のコビー・ブライアントはロサンゼルス・レイカーズ、そしてNBA史に残るレジェンドだった。歴代4位となる通算3万3643得点をあげた稀代のスコアラーとして名を馳せたが、キャリア最初の2年間は控えに甘んじた。

 レイカーズで長年用具マネージャーを務めたルディ・ガルシドゥエニャスが、若き日のコビーについて振り返っている。

 ローワー・メリオン高出身で1996年のドラフト1巡目13位指名でNBA入りしたコビーは、リーグ優勝5回(2000~02、09、10年)成し遂げ、2006年1月のトロント・ラプターズ戦では歴代3位の1試合81得点を叩き出した。ヘリコプター墜落事故で命を落とした20年には数々の功績が認められ、バスケットボール殿堂入りを果たしている。

 そんなコビーもプロ入りから2年間は、オールスター選手のエディ・ジョーンズのバックアップだった。1983年から2011年までレイカーズの用具マネージャーを務めたガルシドゥエニャスは、レイカーズOBのバイロン・スコットがホストを務めるポッドキャスト『Byron Scott's Fast Break』にて、「私の人生において最大の喜びのひとつは、コビー・ブライアントが少年から大人へと成長していく姿を見守ることだった」と語っている。
 「チームに加入した当初、彼は非常に冷淡で、社交的ではなかった。チームメイトとどう接すればいいのかわからず、自分を孤立させていたんだ。遠征中もずっと部屋にこもって試合のビデオを見ていたチームメイトが彼との交流を望み、コート外でも時間を共有したいと思っていることを、当時の彼は理解していなかった」

 そんなコビーも、「時間をかけてチームメイトとの関わり方を学んでいった」とガルシドゥエニャスは明かす。

「一流の選手は、単に自分が才能に溢れ、優秀であることを自覚するだけでなく、チームメイトも自分と同じように優秀になり、同じようにハードワークできるよう助ける責任があるのだということを認識している。いつも怒鳴ったり叫んだり、チームメイトを叱り飛ばしてばかりではいられないことを悟ったんだ。最終的には周囲がより良い選手、より良いチームメイトになれるよう助け、集団の輪の一部にならなければならないと理解した」

 ガルシドゥエニャスは、1980年代のレイカーズの黄金期を支えたマジック・ジョンソンの姿にコビーを重ねた。「それはまさにマジックがやったことと同じだ。マジックは自分のことだけでなく、周りの人間をいかに引き上げるかを考えていた。コビーがそれらを学び、プロセスを経ていくのを見るのは、私にとって本当に素晴らしい経験だった。

 彼は信じられないほど見事な人間になった。17歳で入ってきた時はただの少年だった。バスケットボール選手としては非常に優秀だったが、プライドが高く、学ぶべきことがたくさんあった。でも、彼はやり遂げたんだ。自分で答えを見つけ出し、驚異的なキャリアを築き上げた」
  また、「史上最強のトラッシュトーカーは誰か」という質問に対してガルシドゥエニャスは「若い頃のコビーだろうね」とし、「彼はずっとトラッシュトークをしていた。『ブラックホール』なんてあだ名をつけられたりもしていた」と補足した。

 さらに、「ラストショットを託す選手」に関してもコビーと回答。「コビーが人間として成長し、ゲームをより深く理解するようになるにつれ、数学的に計算したとしても、成功の確率が最も高いのは、彼に託すことだと言えるようになったからだ」と高く評価していた。

構成●ダンクシュート編集部

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配信元: THE DIGEST

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