14年4月、金密輸は爆発的に拡大する。消費税が5%から8%へ引き上げられたのだ。それだけではない。この頃、金価格はすでに1グラム4000円台に回復していた。1グラムあたりの利ざやが約320円。1キロなら32万円だ。99年の4万円とは、まるで別の話になっていた。
その水面下で、「8%時代」を見越して暗躍したSという男がいた。名門大学を出た切れ者で、弁護士を参謀に据えて密輸のスキームを構築したという。
「密輸って言葉、当時は誰も使ってなかったですよ。消費税の抜け道、みたいな感じで。錬金術に近いっていうか。まだ誰もやってない頃ですよ、普通の人たちは」
たどり着いたのは、その配下にいた並木(仮名)と名乗る男だ。
「グレーだけど、っていう説明の仕方をしてましたね。見つかりっこない、見つかったら払えばいいし、みたいな感じで」
Sが動き出したのは、消費税がまだ5%の頃だった。税率引き上げの議論が本格化する中、上がれば上がるほど利ざやは広がる─その構造を、誰よりも早く見抜いた。当初は運びや換金を、S自身がこなしていたという。やがて香港で両替商のライセンスを取得し、現地に拠点を構える。仲間を加えて組織化することで、さらなる利ざやを狙ったのだ。
8%時代が始まった14年春、並木はSのスキームに合流した。役割は資金集めだ。
「こういう儲け話に出資しませんか、みたいな形で。出資者は経営者など『普通の人たち』です」
並木も出資者たちも、密輸という認識はほとんどなかった。Sは「消費税の抜け道」「グレーゾーンの節税」と言い、それをそのまま出資者たちに説明していたからだ。
集めた資金を香港へ持ち込むのは、並木が手配した地元の後輩だった。毎週一度、成田から香港へ飛ぶ。ホテルは取らない。朝に出発し、夜には戻る。戻った先で仲間が金を受け取り、換金する。それが毎週、密かに繰り返された。
「経費をかけないよう、いちばん安上がりな方法を取りましたね」
そう並木は言うが、後輩への報酬は決して安くなかった。利益の折半─つまり自分の取り分と同額を、この後輩に渡していた。
「お金を預けなきゃいけないから。持ってかれちゃうっていう心配もあるじゃないですか。それだけ信用できる人間じゃないといけない」
信頼に裏打ちされた関係だからこそ、同じ人間を使い続けた。だがそれが、やがてアダとなる。
高木瑞穂(たかぎ・みずほ)ノンフィクションライター。月刊誌編集長、週刊誌記者などを経てフリーに。主に風俗や犯罪事情を取材、執筆。「売春島『最後の桃源郷』渡鹿野島ルポ」(彩図社)、「ルポ 風俗の誕生」(清談社Publico)など著書多数。

