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金難民〜金塊密輸に魅せられた人々〜〈第2回「消費税8%時代に金密輸が急拡大「普通の人」が儲け話に出資した」〉(1)「日本と韓国で価格差が2倍」

金難民〜金塊密輸に魅せられた人々〜〈第2回「消費税8%時代に金密輸が急拡大「普通の人」が儲け話に出資した」〉(1)「日本と韓国で価格差が2倍」

 かつて金密輸の利ざやは日韓の価格差や為替の動きに下支えされていた。しかし1989年に日本で導入された消費税が3%から5%、8%と引き上げられるにつれ、確実性の高い「儲け話」として広まっていく。密輸に携わった人物が当時を振り返った。

 金密輸、と聞けば消費税の利ざや稼ぎを思い浮かべる。だがその歴史が消費税よりも古いとは思いもしなかった。

 1987年4月、山口県の大浦漁港で、長崎県対馬のイカ釣り漁船「海光丸」が夜陰に紛れて岸壁に接岸した。船長と長男、そして下関市内に拠点を持つ男2人。彼らが車の荷台から降ろそうとしたのは、段ボール箱に詰められた金の延べ板204.7キロ(4億円相当)だった。目的は韓国船との「瀬取り」─公海上での受け渡しを目論んでいたところを、山口県警に現行犯逮捕された。

 動機は消費税ではない。日韓の間に存在した、巨大な「内外価格差」だ。

 当時の国際金相場は1グラムあたり約2000〜2200円。韓国では同じ金が3500〜4000円で取引されていた。1グラムあたり1500円以上、価格にして約1.5〜2倍の開きがある。

 なぜこれほどの差が生まれたのか。韓国政府が、宝飾品産業の保護と外貨流出防止を目的に、金の輸入に合計40〜60%に達する高率の関税と特別消費税を課していたからだ。正規ルートで輸入すれば税金分が上乗せされ、国内価格は異常なほど高くなる。

 その歪みを密輸グループは狙い撃ちにした。日本で1キロの金塊を200万円で仕入れ、韓国へ隠して持ち込めば、現地では350〜400万円で売れる。

 さらにこの時期、85年のプラザ合意以降に進んだ急激な円高が、価格差をいっそう広げていた。円の価値が上がるほど、日本での円建て金価格は国際水準に連動して相対的に割安になる。密輸の利ざやは、為替の動きとともに膨らんでいた。

 韓国は90年代にかけて市場開放と関税引き下げを進め、極端な価格差は徐々に解消されていく。日韓を往来する密輸の手口は廃すたれていくかに見えた。

 ところがバブル崩壊後の下落トレンドの中で日本の金価格が1グラム1789円まで落ちたことで、再び価格差が生まれた。90年11月末には、大阪と釜山を結ぶ国際フェリーで密輸を企てた日本人が、乗用車の燃料タンクに47キロの金塊を隠したとして韓国側の税関に逮捕されている。

 国境をまたぐ価格差がある限り、密輸の動機は生き続けるのだ。

 そして89年。金密輸の文脈に、はじめて「消費税」という言葉が登場する。

 89年、竹下登内閣のもとで導入された消費税は3%からスタートした。金も例外ではない。97年には5%へ。税率が上がるにつれ、その利ざやに目をつける者が現れはじめたのだ。

 この時、千葉地検が逮捕したのは、我孫子市の貴金属販売会社役員ら2人。仲間と密輸グループを組み、香港から7回にわたって金の延べ板を成田空港に持ち込んでいた。

 総量242キロ、約3億3000万円。消費税1654万円の支払いを逃れることが目的だった。延べ板はタオルに包んでバッグに入れるという、かつてのように大掛かりなものではなく、ほぼ素手に近い手口だった。

 だが当時の金価格は史上最安値圏、1グラム865円。消費税5%では1キロあたりの利ざやは4万円余りに過ぎない。消費税を狙った金密輸は、まだ一部の「仕事師」たちのシノギに留まっていた。しかし─。

高木瑞穂(たかぎ・みずほ)ノンフィクションライター。月刊誌編集長、週刊誌記者などを経てフリーに。主に風俗や犯罪事情を取材、執筆。「売春島『最後の桃源郷』渡鹿野島ルポ」(彩図社)、「ルポ 風俗の誕生」(清談社Publico)など著書多数。

配信元: アサ芸プラス

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