
仕事や勉強を続けていると、理由もなく「ふう」と大きな息が出ることがあります。
ため息というと、疲れや退屈、不満の表れと思われがちです。
しかしアイルランドのダブリン大学トリニティ・カレッジ(TCD)の研究チームの最新研究によると、この何気ない深呼吸には、長時間の作業中に大きくなった呼吸のばらつきを整える「リセットボタン」のような役割がある可能性が示されました。
詳細は、2026年1月23日付で科学誌『Psychophysiology』に掲載されています。
目次
- ため息には「呼吸パターン」を整える役割があった
- ため息には「覚醒」や「集中力」を高める効果は見られなかった
ため息には「呼吸パターン」を整える役割があった
私たちは普段、機械のように同じ速さと深さで呼吸しているわけではありません。
ある呼吸は少し深く、次は浅くなるなど、呼吸には自然なばらつきがあります。
この「呼吸変動」は異常ではなく、運動や感情、周囲の状況に合わせて呼吸を変えるための柔軟性と考えられています。
そのため研究チームは、呼吸のばらつきの大きさに加え、隣り合う呼吸がどれほど似た並び方をするかにも注目しています。
そして先行研究では、呼吸の変動が大きくなったとき、通常より深い一呼吸であるため息が、その状態を調整する可能性が指摘されてきました。
そこで今回は、ため息が呼吸を整えるかどうか、また覚醒状態や注意力まで立て直すのかを調べています。
研究者らが解析したのは、2つの注意課題のデータです。
1つ目では、18~35歳の38人と65~80歳の34人、計72人が、画面上の円形模様が薄くなった瞬間を見つけてクリックする課題を行いました。
課題は約8分のブロックを8回続け、途中では、課題に集中していたか、それとも別のことを考えていたかも尋ねています。
2つ目では57人が、高い音と低い音の切り替わりに合わせてクリックする21分間の課題に参加しました。
このうち32人は自然に呼吸し、25人は音に合わせて1分間に約6~9回のゆっくりした呼吸を行いました。
そして呼吸は、胸骨下部に装着したベルトで測り、ベルト上で平均的な吸気の振幅の2倍以上となった呼吸を「ため息」と判定しました。
また瞳孔径を、覚醒に関わるノルアドレナリン系の変化を探る間接的な手掛かりとして記録しました。
その結果、自然呼吸群では課題が進むにつれて呼吸の総変動とため息が増え、ため息後には総変動が小さくなりました。
一方、ゆっくり呼吸した群では、ため息が自然呼吸群より少なく、ため息前後の呼吸変化も確認されませんでした。
このことから、ため息は増大した呼吸のばらつきを一時的に整える役割を持つ可能性が示唆されました。
では、ため息には他の役割もあったのでしょうか。より詳しい結果を次項で見ていきましょう。
ため息には「覚醒」や「集中力」を高める効果は見られなかった
視覚課題ではため息が平均1分間に0.63回、聴覚課題の自然呼吸群では0.45回、誘導呼吸群では0.17回検出されました。
自然呼吸をしていた2群では、課題の時間が進むほど呼吸速度と呼吸の深さの総変動が大きくなり、ため息も増えていました。
さらに、ため息の前後を比べると、その後には呼吸速度と深さの総変動がともに有意に低下しました。
つまり、ため息の後には呼吸の揺れ幅が一時的に小さくなったのです。
呼吸の深さでは、ため息後に隣り合う呼吸が似た並び方をするようになり、時間的なまとまりも強まりました。
ただし、呼吸速度のまとまりは一様には回復せず、視覚課題ではため息後にむしろ低下し、聴覚課題の自然呼吸群では有意な変化がありませんでした。
このため、ため息は呼吸全体を一定のリズムへ戻すというより、増大した総変動を短期的に調整し、とりわけ呼吸の深さの並びを整える可能性があります。
また誘導呼吸群では、呼吸速度が音のリズムによって強く制約され、ため息も自然呼吸群より少なくなっていました。
ただし、この群でも呼吸の変動自体は課題中に変化しており、「変動が生じなかった」という意味ではありません。
自然呼吸群で見られたような、ため息を境とするリセット様の変化が確認されなかったという結果です。
さらに視覚課題では、呼吸が不規則に現れる画面上の刺激と強く同期する人ほど、呼吸の総変動が大きく、ため息も多い傾向がありました。
外部刺激に呼吸が同調することと、ため息の発生が結びついている可能性があります。
こうした違いをまとめると、今回の研究から導かれる結論は次のようになります。
すなわち、ため息は、「長時間の課題で徐々に増大した呼吸のばらつきを、その場で一時的にリセットする調整機構」として働いている可能性が高いということです。
また、外部から呼吸リズムが強く規定されている場合(誘導呼吸)には、そもそもため息の発生頻度が低下し、自然呼吸で見られたような「ため息を境とした変化」が起こりにくくなります。
したがって、ため息は固定的な生理反応というより、呼吸が自律的に揺らぎながら環境や課題負荷に適応している中で、その揺らぎを局所的に整える“柔軟な調整メカニズム”であると考えられます。
ちなみに、ため息の周囲では瞳孔径も変化しましたが、その形はグループごとに異なり、多重比較を補正すると通常呼吸との差は有意ではなくなりました。
したがって、ため息が覚醒を調整するという見方は、現段階では探索的な可能性にとどまります。
さらに、ため息後に反応時間が速くなったり、主観的な集中が高まったりする変化も確認されませんでした。
私たちが何気なくしているため息には、実は「呼吸の乱れをそっと整える」という小さな秘密が隠されていたのです。
参考文献
Scientists reveal what is actually happening to your body when you let out a random sigh
https://www.psypost.org/scientists-reveal-what-is-actually-happening-to-your-body-when-you-let-out-a-random-sigh/
元論文
Sighs Shape Respiratory Variability and Pupil Dynamics and Adapt to Sustained Attention Demands
https://doi.org/10.1111/psyp.70245
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部

