
「ブラジル戦を悲観する必要はない」アルシンドが語る日本代表の強さと、あと一歩の課題「乗り越えるべき壁は…」【独占メッセージ】
日本サッカーを誰よりもよく知るブラジル人レジェンドから、サムライブルーへ熱いメッセージが届いた。鹿島アントラーズで活躍し、Jリーグ黎明期を支えたアルシンド氏だ。
北中米ワールドカップにおける日本代表の戦いを高く評価するレジェンドは、「世界トップ15の実力を持っている」「世界中が日本をリスペクトしている」と称える一方で、さらなる飛躍へ向けて克服すべき課題も指摘。その言葉には、日本サッカーへの深い愛情と期待が詰まっている。
――◆――◆――
ワールドカップでは、日本代表の戦いをずっと見ていた。本当によくやっていたと思う。強豪国が揃ったグループの中でも、自分たちのサッカーをしっかり貫き、多くの人を驚かせた。
なかでも印象に残ったのはオランダ戦だ。あの試合を見て、日本は世界のどんな相手とも互角に戦えるチームになったと改めて感じたよ。
一つだけ残念だったのは、遠藤がいなかったことだ。もし彼がピッチに立っていたら、中盤でもっと落ち着いてボールを動かせたと思うし、試合の流れも少し違っていたかもしれない。
とにかく、日本は本当に良いチームだった。だからこそ、決勝トーナメントの初戦で敗退してしまったのは残念だった。
ただ、ブラジルについては1つ誤解してほしくないことがある。以前、日本は親善試合でブラジルに勝った。もちろん、あの勝利は日本が勝ち取ったものだ。でも、親善試合とワールドカップはまったく別物だ。公式戦では選手の集中力も気迫もまるで違う。
あの親善試合ではブラジルのディフェンダーにミスが続き、それが日本にとって大きな助けになった。そして、その後ブラジルはチームもメンバーも大きく変わった。だから、あの試合だけを基準にブラジルを判断すべきではなかったと思う。
今回、対戦したブラジルは、大会を通して試合を重ねるごとに調子を上げ、完成度を高めていた。おそらく日本戦が、一番良い状態だったんじゃないかな。
それでも勝負を分けたのは、最後の決勝ゴールだけだった。あの一発が決まらなければ試合は延長戦に入っていたし、その先は誰にも分からない。日本にも十分チャンスはあったはずだ。だから、あの敗戦を必要以上に悲観する必要はない。相手はブラジルであり、日本は堂々と戦っていた。恥ずかしい負けなんかじゃない。
前半の日本は本当に素晴らしかった。ただ、後半は少し下がりすぎてしまった。なぜそういう判断になったのかは分からないけれど、自陣に引いたことでブラジルに勢いを与え、日本陣内で攻撃を受け続ける展開になってしまった。
もしあそこで引かず、自分たちのサッカーを続けていたら――。本当にどうなっていたかは分からないね。
日本には1つ乗り越えなければならない“壁”があると思っている。それは試合の終わらせ方だ。
これは今回だけの話ではない。何年も前から、大事な試合になると終盤に失点し、積み上げてきたものを最後の数分で失ってしまう場面を何度も見てきた。
代表だけではない。日本のクラブチームでも、勝負どころで同じような場面を目にすることがある。そこには少しメンタルの問題があるように感じている。
サッカーは主審が試合終了の笛を吹くまで終わらない。特に今回のワールドカップはアディショナルタイムが非常に長く、その時間帯に勝敗が決まった試合は日本だけではなかった。
だから最後まで冷静さを失わず、感情に流されずに戦うこと。それが日本がもう一段上のレベルへ進むために必要なことだと思う。
ただ、それ以外の部分については本当に素晴らしかった。日本は世界中の人たちを魅了した。スピードがあり、技術も高く、見ていて楽しいサッカーをしていた。2018年からチームを率いている森保監督も、本当に良い仕事をしていたと思う。
僕が日本の皆さんに一番伝えたいのは、日本サッカーは確実に成長してきたということだ。
僕が日本でプレーしていた頃と比べれば、その違いは段違いだ。技術は大きく向上し、スピードも速くなった。戦術理解やポジショニングも素晴らしい。
昔のJリーグでは、外国人選手が違いを生み出し、試合を決める存在になることが多かった。でも今は違う。外国人だから特別という時代ではなくなった。
日本人選手がここまで成長できた一番の理由は、多くの選手が海外へ挑戦したことだと思う。ヨーロッパをはじめ世界のトップレベルでプレーし、多くのことを吸収してきた。そして、日本人は本当によく学ぶ。しかも吸収するスピードがとても速い。
海外で経験を積んだ選手たちが、その経験を日本代表やクラブへ持ち帰り、それを次の世代へ伝えていく。その積み重ねが、世界から尊敬される今の日本サッカーを作ったんだ。
日本でプレーしていた頃から、この国はきっと強くなると僕は信じていた。
鹿島で毎日、若い選手たちと練習していると、みんな本当によく努力していた。少しでもうまくなろう、もっと学ぼうという気持ちが伝わってきた。だから僕も、できることは何でもしたいと思った。グラウンドでは一緒にプレーし、質問があればできる限り答えた。
サッカー教室にも積極的に参加した。鹿島だけではなく、いろいろな町へ行って子どもたちとボールを蹴った。そのたびに、日本の子どもたちの真剣さと理解の早さに感動した。
だから僕はずっと思っていた。この国は必ず強くなる、と。そして今、あの頃の自分は間違っていなかったと言える。
日本は想像していた以上のスピードで成長した。そして、その成長は一時的なものではない。しっかりとした土台の上に築かれた、本物の成長なんだ。
だから僕は、日本はこれから世界を代表する強国の1つになれると信じている。世界が見習うべきものが、今の日本にはたくさんある。選手たちの姿勢、森保監督の振る舞い、そして何よりサポーターのみんなだ。
試合後にスタジアムを掃除する姿に世界は驚いた。でも僕は驚かなかった。日本に住んでいた頃から、それが日本では当たり前だと知っていたからだ。
サッカーが強くなったことだけではない。人としてどう振る舞うか、社会の一員としてどう行動するか。そういうことまで含めて、日本は世界のお手本になれる国だと思っている。
最後に、日本の皆さんへ伝えたい。
今の道を、そのまま信じて歩き続けてほしい。ここまで来るのは決して簡単ではなかった。たくさん負けて、悔しい思いをし、そのたびに少しずつ前へ進んできた。その積み重ねが、今の日本を作ったんだ。
今、日本はアジアを代表するチームであり、世界トップ15に入る実力を持っている。それ以上に嬉しいのは、世界中が日本をリスペクトしていることだ。もう「日本なら楽勝だ」と思っている国なんてない。どのチームも、本気で戦わなければ日本には勝てないと分かっている。
だから胸を張ってほしい。自信を持ってほしい。みんなが歩んできた道は間違っていない。このまま努力を続ければ、日本サッカーはもっと強くなる。
僕はそれを心から信じている。そして、これからもずっとサムライブルーを応援するよ。1人の大ファンとして。
インタビュアー●リカルド・セティオン
翻訳●利根川晶子
【プロフィール】
アルシンド・サルトーリ(ALCINDO Sartori)
1967年生まれのブラジル人FW。1993年のJリーグ開幕とともに鹿島アントラーズへ加入し、22得点を挙げて得点ランキング2位に入るなど、ジーコとともにクラブの黄金期を支えたJリーグ黎明期を代表する助っ人の一人で、現在も日本サッカーを温かく見守り続けている。
【インタビュアー・プロフィール】
リカルド・セティオン(Ricardo SETYON)/1963年8月29日生まれ、ブラジル・サンパウロ出身。ジャーナリストとして中東戦争やユーゴスラビア紛争などを現地取材した後、社会学としてサッカーを研究。スポーツジャーナリストに転身する。8か国語を操る語学力を駆使し、世界中を飛び回って現場を取材。多数のメディアで活躍する。FIFAの広報担当なども務め、ジーコやカフー、ドゥンガなどとの親交も厚い。現在はスポーツ運営学、心理学の教授として大学で教鞭も執っている。
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