最新エンタメ情報が満載! Merkystyle マーキースタイル
【また震度7】10年前の熊本大地震で自ら被災したWソックス・村上宗隆の「緊急発信」と「今も続ける秘かな寄付」

【また震度7】10年前の熊本大地震で自ら被災したWソックス・村上宗隆の「緊急発信」と「今も続ける秘かな寄付」

 MLBホワイトソックスの村上宗隆内野手が自身のインスタグラムで「令和8年熊本地震」発生を受けて「自分の命の第一に行動してください」と発信した。
 熊本市出身の村上は震度7を2回観測した「平成28年(2016年)熊本地震」の時は九州学院高校2年生。自転車で自宅に帰る際に被災した経験を持つ。

 震災直後から学校は避難所として開放され、野球部は約1カ月間の活動中止。村上は連日、ボランティア活動を必死に行った。
 プロ入り2年目の19歳から、2052年度の完全修復まで36~37年かかるという熊本城が「完全に直るまで続けたい」として本塁打、打点を重ねるごとに、今も寄付をしている。

 これまでプロ野球選手による被災地支援は多くあった。「平成23年(2011年)東日本大震災」の際に、当時22歳で楽天のエースだった田中将大は、自身で1000万円の義援金を送った。大谷翔平は「令和6年(2024年)能登半島地震」後に、ドジャースと共同で100万ドル(当時のレートで約1億4500万円)を、義援金として寄付している。

 村上自身の成績に合わせた継続的な被災地支援については、
「ヤクルト時代の村上は、この支援を表立って発信しませんでした。その金額も、自らは公表することを拒んでいました」(ヤクルト関係者)

故郷から両親を始球式の特別ゲストに呼んだ

 今年、念願だったMLB移籍を実現したが、自身が被災した熊本地震から10年が経った。今年4月にはこう話している。
「熊本だけじゃなくて、日本でいろんな災害にあった人たちに、スポーツの力で少しでも元気を与えられえるのは僕たちにとってもやりがいある」

 村上はMLBでは「速球に対応できない」という評価だったが、開幕から本塁打を量産してチームの主力に上り詰めた。ところが5月末に右太腿裏の肉離れを発症。
「中等度にあたるグレード2という状態でした。完全断裂のグレード3ではなかった」(MLBジャーナリスト)
 約6週間、離脱したが、7月に入り復帰。アストロズ戦(日本時間7月27日)では1試合2本塁打(21号2ラン、22号満塁)を放った。

 この試合では故郷の熊本から父・公弥さん、母・文代さんを「始球式」の特別ゲストとして呼んだ。再び起きた熊本での大震災を機に、村上がより奮起するはずだ。

(小田龍司)

配信元: アサ芸プラス

あなたにおすすめ