
絶滅から生物を守る安全な避難所は、長い目で見ても本当に安全なのでしょうか。
中国南西部に点在する巨大陥没穴「天坑」は、暗く湿った環境によって絶滅危惧樹木を守ってきました。
ところが最新のゲノム研究から、その閉ざされた地形が集団間の遺伝子交流を妨げ、将来の環境変化に適応するための遺伝的な余力を小さくしていることが示されました。
中国科学院大学(UCAS)などの研究チームによる成果は、2026年7月14日付で科学誌『Current Biology』にオンライン掲載されました。
目次
- 巨大陥没穴「天坑」は、絶滅危惧樹木を守る避難所だった
- 安全な天坑が、将来の適応力を奪っていた
巨大陥没穴「天坑」は、絶滅危惧樹木を守る避難所だった
石灰岩が広がるカルスト地域に形成される、巨大で深い陥没穴のことを、中国では「天坑」と呼ぶことがあります。
そして中国南西部の天坑では、切り立った崖の底に、暗く湿った森林が広がっています。
地表よりも涼しく、気温や湿度の変化が抑えられるため、暑さや乾燥に弱い植物にとっては天然の避難所になっています。
今回、研究チームが調べたのは、中国南西部の石灰岩地帯に分布する絶滅危惧樹木「Magnolia aromatica」です。
研究チームは、染色体の端に近い領域までつながった高精度のゲノム配列を作成し、天坑の内外にある26集団112個体のゲノムを比較しました。
その結果、マグノリア・アロマティカは大きく4つのグループに分かれ、そのうち2つは広西チワン族自治区の楽業天坑群と関係していました。
全体として見ると、天坑に由来する系統を含む集団(天坑内外の集団)は、遺伝的な多様性も極端に低くはなく、有害な変異の量も特別に高いわけではなく、ちょうど中間くらいの状態でした。
つまり、天坑の周辺にいる樹木は、遺伝的な多様性をある程度保ったまま生き残っており、極端に弱っているわけではないことが分かります。
一方で、天坑の中にいるグループでは、光合成などに関わる遺伝子に変化が見られ、環境に合わせた特徴が進んでいました。
実験でも、天坑由来の苗木は強い光では弱いものの、暗めの環境ではよく育ちました。
つまりこの樹木は、天坑という特殊な環境に「逃げ込んで生き延びる」だけでなく、その環境に合った性質も少しずつ身につけていたと考えられます。
安全な天坑が、将来の適応力を奪っていた
天坑の内部とすぐ近くの外部集団を細かく比べると、天坑のもう一つの顔が見えてきました。
内部の集団では、近隣の外部集団より遺伝的多様性が低く、有害と予測される変異が多く蓄積していました。
その背景にあるのが、周囲を切り立った崖に囲まれた天坑特有の地形です。
植物が別の集団と遺伝子を交換するには、花粉や種子が風や昆虫、動物などによって運ばれる必要があります。
しかし、深い天坑や入り組んだカルスト地形は、その移動を妨げる強い障壁になります。
そのため天坑内部の集団は、近くに外部集団が存在していても、遺伝的には孤立しやすくなります。
そして小さな集団が長期間隔離されると、どの遺伝子が次世代に残るかが偶然に左右されやすくなります。
この現象が強まると、環境変化に対応するための遺伝的な選択肢が少しずつ失われ、有害な変異も集団内に残りやすくなります。
つまり、天坑の暗い環境への適応にも、長期的には弱点が潜んでいるのです。
弱い光でも成長できる性質は現在の天坑では有利ですが、強い光の下で苗木が生きにくいことは、将来、生息できる場所を広げる際の制約になる可能性があります。
研究チームはさらに、将来の生息域、現在の遺伝的適応と未来の気候とのずれ、有害変異の蓄積予測を組み合わせました。
その結果、高排出シナリオでは本世紀末までに、現在の生息地のおよそ3分の1が深刻な気候の不一致に直面し、多くの集団で有害変異の負荷も増えると予測されました。
特に危険なのは、天坑の縁など、集団間の遺伝子交流が妨げられやすい地域です。
天坑の外側にある集団や、花粉や種子が移動できる経路が失われるなら、内部の樹木はさらに孤立し、将来の変化に対応する余力を失っていくおそれがあります。
天坑は確かに絶滅危惧樹木を守ってきました。
しかし、その避難所を未来にも有効なものにするには、穴の底だけでなく、周辺集団とそれらを結ぶ遺伝的なつながりまで守る必要があるのです。
参考文献
Sinkholes saved these endangered trees – then trapped them there
https://newatlas.com/environment/sinkholes-evolutionary-trap-undermine-survival/
元論文
Karst tiankengs preserve but constrain evolutionary potential in the endangered tree Magnolia aromatica
https://doi.org/10.1016/j.cub.2026.06.051
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部

