
私たちは普通、痛みを感じたときには、できるだけ刺激を避けようとします。
ところが最新の研究で、口の中が焼けるような辛味を感じると、体の別の場所に与えられた強いレーザー熱痛が、一時的に弱く感じられる可能性が示されました。
中国の重慶師範大学(Chongqing Normal University)の研究チームは、健康な成人48人を対象に、唐辛子入りゼラチンとレーザーによる熱刺激を使った実験を行いました。
その結果、口内の辛味刺激は弱い熱痛には影響しなかった一方、強い熱痛の「痛みの強さ」と「不快さ」を低下させたのです。
研究成果は2026年3月11日付で、学術誌『Physiology & Behavior』にオンライン公開されました。
目次
- 唐辛子を口に含み、手にレーザーを照射する実験
- 辛味は「強い熱痛」にだけ影響した
唐辛子を口に含み、手にレーザーを照射する実験
唐辛子を食べたときに感じる「熱さ」は、食べ物そのものが高温だから生じるわけではありません。
唐辛子の辛味成分であるカプサイシンが、口や皮膚の感覚神経にあるTRPV1という受容体を刺激し、脳に焼けるような感覚を伝えています。
TRPV1は本来、体に害を及ぼしかねない高温などを検知する仕組みに関わっています。
そのため、唐辛子の辛さは甘味や塩味のような一般的な味覚というより、痛覚や温度感覚に近い刺激です。
そしてカプサイシンを含むクリームやパッチは、一部の慢性的な痛みを和らげる目的でも使われています。
しかし、口内に短時間の辛味刺激を与えたとき、体の別の場所で生じる急性の痛みがどう変わるかについては、これまでの研究で一貫した結果が得られていませんでした。
そこで研究チームは、口の中に生じた辛味が、手で感じる熱痛を弱めるかを調べました。
さらに、普段の辛いものに対する好みと、痛みへの敏感さや恐怖との関連も検討しています。
実験には健康な若い成人48人が参加し、約1週間の間隔を空けて研究室を2回訪れました。
一方の日には砕いた唐辛子を含むゼラチンキューブを、もう一方の日には辛くない水ベースのゼラチンキューブを口の中に5分間保持しました。
参加者はゼラチンを噛んだり飲み込んだりせず、5分後に吐き出して口を水ですすいでいます。
その後、左手の甲に40回のレーザー熱刺激を受けました。
内訳は弱い刺激20回と強い刺激20回で、参加者は刺激を受けるたびに、痛みの強さと不快さをそれぞれ評価しました。
レーザーの強さは、痛みの感じ方の個人差を考慮し、参加者ごとに事前調整されています。
分析の結果、辛味刺激の後では強い熱痛の評価が低下しましたが、弱い熱痛では明確な差がありませんでした。
より詳しい結果と、辛味が痛みに影響した理由を次項で見ていきましょう。
辛味は「強い熱痛」にだけ影響した
辛いゼラチンを口に含んだ条件では、辛くないゼラチンの条件と比べて、強いレーザー刺激に対する「痛みの強さ」と「不快さ」がともに有意に低く評価されました。
しかし弱いレーザー刺激では、辛味の有無による有意な差は確認されませんでした。
つまり、辛味があらゆる痛みを一律に消したわけではありません。
今回確認されたのは、強い実験的熱痛に限って現れた、痛みの強さに応じて変化する作用です。
ここでいう痛みの強さとは、刺激がどの程度激しく感じられたかを指します。
一方、不快さとは、その刺激をどれほど嫌でつらいと感じたかという感情的な側面です。
この両方の評価が低下したことから、口内の辛味は強い熱痛の感覚だけでなく、それに伴う嫌悪感にも影響した可能性があります。
ではなぜ、辛みが身体的な強い痛みを和らげたのでしょうか。
考えられる原因の1つは、「体の一部に強い不快刺激が加わると、別の場所で感じる痛みを抑える体内の仕組み」です。
簡単に言えば、「ある痛みが別の痛みを抑える」反応です。
口の中の焼けるような辛味がこの仕組みを作動させ、手から伝わる強い熱痛を弱めた可能性があるのです。
一方で、強い辛さに注意を奪われ、手の痛みに集中しにくくなった可能性もあります。
カプサイシンによって体内の鎮痛物質が放出された可能性も考えられますが、今回の研究では脳活動や神経信号、注意の向き、鎮痛物質の量を直接測定していません。
そのため、詳しい仕組みはまだ分かっていません。
また、普段から辛いものを強く好む人ほど、質問票で測定した痛みへの感受性と恐怖が低い傾向も見られました。
ただし、これは相関関係にすぎません。
辛いものを食べ続けたために痛みに強くなったのか、もともと強い刺激に耐えやすい人が辛いものを好むのかは、この研究から判断できません。
また今回の参加者は48人の健康な若者に限られ、調べられたのも短時間のレーザー熱痛だけです。
頭痛、歯痛、けが、慢性痛などに同じ効果が現れるかは不明であり、唐辛子が鎮痛薬の代わりになるわけでもありません。
それでも今回の結果は、口内の辛味刺激が、体の別の場所で感じる強い痛みの処理に影響する可能性を示唆しています。
口の中の「辛い」が別の場所の「痛い」を弱めるという現象は、人間の痛覚が持つ柔軟な仕組みを知るための手がかりになるでしょう。
参考文献
Spicy food can reduce extreme physical pain
https://www.psypost.org/a-burning-sensation-in-the-mouth-can-reduce-extreme-physical-pain/
元論文
Acute spicy stimulation reduces laser-induced heat pain perception in healthy adults
https://doi.org/10.1016/j.physbeh.2026.115309
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部

