
近年、SNSやテレビの討論では、相手の矛盾を突き、鋭い一言で黙らせる場面が「議論に勝った瞬間」として注目されがちです。
しかし「相手を言い負かすこと(論破)」と「実りある議論をすること(対話)」は、同じではありません。
相手の本当の主張を理解しないまま批判しても、新しい知識や考え方が得られるわけではないからです。
アメリカの哲学者で認知科学者でもあったダニエル・デネット(1942〜2024)は、実りのある建設的な議論ができる人たちには、共通して「4つのルール」が見られると考えていました。
では、議論上手に共通する「4つのルール」とは何なのでしょうか?
ここでは、論破したがりが使う「ストローマン論法」と、議論上手が使う「スティールマン論法」を比較しながら見ていきましょう。
目次
- 議論ベタ&論破したがりが使う「ストローマン論法」
- 議論上手な人が使う「スティールマン論法」
議論ベタ&論破したがりが使う「ストローマン論法」
議論が下手な人、あるいは相手を論破したがる人がよく使うのが、「ストローマン論法」です。
ストローマンとは、英語で「藁人形」という意味。
この論法では、相手の実際の主張をそのまま検討するのではなく、内容を単純化したり、誇張したり、極端なものに置き換えたりします。
そして、自分で作り上げた攻撃しやすい主張(=藁人形)を反論し、まるで本来の意見にも勝ったかのように振る舞うのです。
たとえば、会社の会議でAさんが次のように提案したとします。
「会議中にスマートフォンの通知を切れば、話に集中しやすくなると思います」
これに対してBさんが、次のように返しました。
「つまり、社員からスマートフォンを取り上げて、一切使わせない会社にしたいということですか」
しかし、Aさんはスマートフォンそのものを禁止したいとは言っていません。
「会議中は通知を切った方がよい」と述べただけです。
Bさんはその限定的な提案を、「スマートフォンの全面禁止」という極端な主張に置き換えています。
そのうえで、「そんな厳しい規則は現実的ではない」と反論しても、Aさんの本当の提案には何も答えていません。

他にも、たとえば、Aさんが「子どもが道路で遊ぶのは危険だと思う」と話します。
これに対し、Bさんは「じゃあ、子どもを一日中家に閉じ込めておけというのですか?それはひどい」と返答します。
この場合、Aさんは「道路での遊び」を危険視しているだけなのに、Bさんは「一切の外遊びを禁止する」という極端な意見にすり替えて非難しています。
これがストローマン論法です。
みなさんの身近にも、ストローマン論法を使っている人はいませんか?
ストローマン論法が厄介なのは、相手を論破したように見えやすい点です。
元の主張よりも極端で不合理な意見を作れば、それを否定することは簡単だからです。
テレビの見すぎを減らした方がよいという意見を、「娯楽をすべて禁止するつもりか」と言い換えることもできます。
環境保護を進めるべきだという意見を、「人間の経済活動をすべて停止させたいのか」と言い換えることもできます。
このような返し方をすれば、相手の意見を簡単に非常識なものとして描けます。
しかし、そこで攻撃されているのは、相手本人の主張ではありません。
自分で作った藁人形を自分で倒しているだけなのです。
ストローマン論法を使う人は、議論を「問題を一緒に考える場」ではなく、「どちらが強いかを決める論破合戦」として捉えています。
そのため、相手の言葉の曖昧な部分を確認するよりも、攻撃に利用できる部分を探します。
相手が何を言いたかったのかよりも、どのように言い返せば、自分の意見が支持を得られるかを優先するのです。
もちろん、すべてのストローマン論法が意図的に行われるわけではありません。
相手への先入観が強かったり、感情的になっていたりすると、本人も気づかないまま主張を歪めて理解する場合があります。
だからこそ、反論する前に「この理解で合っていますか」と確認することが重要なのです。
議論上手な人が使う「スティールマン論法」
ストローマン論法の反対に位置する考え方が、「スティールマン論法」です。
スティールは英語で「鋼鉄」を意味します。
相手の主張を弱い藁人形に作り替えるのではなく、できる限り頑丈で説得力のある形に整えてから検討する方法です。
スティールマン論法を使う人は、相手の言い間違いや説明不足をすぐに攻撃しません。
その人が本当に伝えようとしている真意や内容を確認し、最も筋の通った形で言い直そうとします。
先ほどのスマートフォンの例で考えてみましょう。
Aさんが「会議中にスマートフォンの通知を切れば、話に集中しやすくなると思います」と提案しました。
このとき、スティールマン論法を意識するBさんは、次のように返します。
「スマートフォンを禁止するのではなく、重要な会議の間だけでも通知を止めて、集中を妨げる要因を減らしたいという提案ですね」
この言い換えに対してAさんが「その通りです」と答えたなら、Bさんは相手の立場を正しく理解できています。
そのうえで、「緊急連絡を受ける必要がある人は、例外にするべきではないでしょうか」と尋ねれば、議論は提案を否定するためではなく、より実用的なものに改善する方向へ進みます。
スティールマン論法の「4つのルール」
ダニエル・デネットは、建設的なスティールマン議論を行うために、4つのルールを示しました。
ルール1:相手の主張を、本人が「自分でもそのように表現できればよかった」と思うほど、明確で公平に説明すること
これは、単に相手の言葉をそのまま繰り返すことではありません。
不明確な部分を確認し、主張の背景や目的まで理解したうえで、最も筋の通った形に整理する必要があります。
相手から「そんなことは言っていない」と訂正されたなら、まだ反論に進む段階ではありません。
ルール2:自分と相手の意見が一致している点を確認すること
意見が対立していると、私たちは違いばかりに注目しがちです。
しかし、多くの議論では、目的そのものは共有されています。
先ほどの例でも、「会議を効率的にしたい」「重要な連絡を見逃したくない」という目標については、双方が同意できる可能性があります。
共通点を明らかにすれば、議論は敵同士の争いではなく、同じ問題を別の角度から考える共同作業になります。
ルール3:相手から新しく学んだことは認めること
議論では、自分の知らなかった事実や、考えていなかった視点が示される場合があります。
そのとき、「その点は考えていませんでした」「その情報によって見方が変わりました」と認めることは、敗北ではありません。
むしろ、議論によって自分の考えが更新された証拠です。
相手の話から何も学ぶつもりがないなら、その会話は初めから議論ではなく、自分の主張を一方的に発表する場になってしまいます。
ルール4:ここまでの手順を終えてから、相手の主張に反論すること
相手の立場を正確に説明し、共通点を確認し、学んだことを認めたうえで、それでも残る問題点を指摘します。
この順序を守れば、批判は相手の人格を傷つける攻撃ではなく、主張をより正確なものにするための検討になります。

もちろん、スティールマン論法は、相手の意見に必ず同意しなければならないという意味ではありません。
世の中には、事実に反する主張や、他人を傷つける危険な考え方もあります。
そのような意見には、はっきり反対する必要があります。
しかし、批判する場合でも、相手が実際に述べている内容を正確に捉えなければなりません。
存在しない主張を攻撃しても、本当の問題は何も解決しないからです。
議論の目的を自分の勝利、または相手の敗北に置けば、私たちは簡単にストローマンを作ってしまいます。
一方、議論の目的を「お互いがより良い答えに近づくこと」に置けば、相手の主張を正確に理解しようとするはずです。
議論は、相手を愚かに見せるための舞台ではありません。
自分の考えを試し、間違いを修正し、相手とともに少しだけ賢くなるための機会なのです。
参考文献
Daniel Dennett’s 4 rules for a good debate
https://bigthink.com/mini-philosophy/daniel-dennetts-4-rules-for-a-good-debate/
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

