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ストーンヘンジの6トン「祭壇石」を氷河が運んだという新説が浮上

ストーンヘンジの6トン「祭壇石」を氷河が運んだという新説が浮上

ストーンヘンジの祭壇石は氷河によって運ばれた可能性 / Credit:Canva

イギリス南部に立つストーンヘンジには、約700キロ離れたスコットランドから来た重さ6トンの「祭壇石」があります。

大型機械も整備された道路もない時代、人々はこれほど巨大な石をどうやって運んだのでしょうか。

オーストラリア、カーティン大学(Curtin University)などの国際研究チームは、祭壇石と同じ産地候補の岩石が氷河によって北海のドッガーバンクまで運ばれ得ることを示し、祭壇石も同じ経路をたどった可能性を提示しました。

研究成果は2026年6月4日付で、学術誌『Journal of Quaternary Science』に掲載されました。

目次

  • ストーンヘンジの祭壇石が「氷河によって運ばれた」という新説
  • 氷河が運べたのは「旅の途中まで」

ストーンヘンジの祭壇石が「氷河によって運ばれた」という新説

ストーンヘンジは、イングランド南部のソールズベリー平原に築かれた先史時代の巨石遺跡です。

いくつかの石で構成されていますが、その内、門のような構造をつくる巨大な「サルセン石」は、主に約25キロ離れた地域から運ばれました。

一方、より小型で遠方から集められた石材は広く「ブルーストーン」と呼ばれ、その多くは約230キロ離れたウェールズ西部に由来します。

中央付近に横たわる祭壇石も広い意味ではブルーストーンの一つですが、長さ約4.9メートル、幅約1メートル、厚さ約0.5メートルの砂岩であり、研究者らは他のブルーストーンと異なる石材グループとして区別しています。

そして2024年の研究では、この祭壇石が約700キロ離れたスコットランド北東部の「オークニー盆地」に由来することが示されました。

しかし、オークニー盆地は広大なため、石がどの地域から来たのかは絞り込めていませんでした。

さらに、約6トンの巨石を人間がスコットランドから直接運んだのか、途中まで自然の力を借りたのかも未解決でした。

そこで研究チームが注目したのが、砂岩に含まれる「ジルコン」という小さく丈夫な鉱物です。

ジルコンに含まれるウランと鉛の同位体を調べると、その鉱物が形成された年代を推定できます。

多数のジルコンが示す年代の組み合わせは、砂岩がつくられた地域によって異なるため、いわば石材の「地質学的な指紋」として利用できます。

研究チームは、祭壇石から過去に得られたジルコンの年代データを、スコットランド各地の旧赤色砂岩のデータと統計的に比較しました。

さらに約3万~1万5000年前のブリテン・アイルランド氷床を再現したモデルを使い、産地候補の岩石が氷河に取り込まれた場合、どの方向へどこまで移動できるかを調べました。

氷床は成長と縮小を繰り返すため、その流れも一定ではありません。

そこで研究チームは1000年ごとの氷流の変化を追い、岩石が途中で進行方向を変える可能性まで計算しました。

その結果、祭壇石のジルコンはスコットランド北東部、特にケイスネス地方の砂岩とよく似ていました。

また、限定的な条件では、その地域の岩石が氷河によってドッガーバンク(北海に広がる、かつて陸地だった浅い海底地形)まで運ばれ得ることも分かりました。

では、祭壇石は具体的にどのような旅をした可能性があるのでしょうか。

より詳細な結果を次項で見ていきます。

氷河が運べたのは「旅の途中まで」

ジルコンの年代分布が祭壇石と最もよく一致したのは、ケイスネス地方のサークレットで採取された砂岩でした。

ブレイモア、カートミー、ポートスケラなど、スコットランド本土北部の砂岩も祭壇石とよく似ていました。

一方、アバディーン、ライニー、トミントールなど、より南にある砂岩はジルコンの年代構成が異なっていました。

研究チームは、この結果からケイスネス地方、またはインヴァネス・ブラックアイル周辺を祭壇石の有力な供給地域として挙げています。

ただし、サークレットが祭壇石の正確な供給地点だと判明したわけではありません。

比較できる試料は、広大で地質も複雑なオークニー盆地の一部に限られているためです。

また氷床モデルでは、ケイスネス地方から出発した岩石の大半が北や東へ運ばれ、ストーンヘンジの方向へ素直に南下しないことも分かりました。

そこで研究チームは、岩石がすでに約10キロ南のマレー湾側へ運ばれていたという条件を設定し、追加の計算を行いました。

その場合に限って、その後の氷流が岩石を南東へ運び、現在の北海にあるドッガーバンクまで到達させ得ることが示されました。

当時のドッガーバンクは、イギリスとヨーロッパ大陸の間に広がっていた「ドッガーランド(現在は海に沈んでいるが、かつては陸地だった地域)」の一部として海面上に露出していました。

氷河が運んだ土砂や岩石が積み重なった地形と、自然の岩盤が露出していない平坦な土地に巨大な砂岩が置かれていれば、人々の目を引いた可能性があります。

ただし、今回の氷床モデルでは、岩石をストーンヘンジまで直接運ぶ経路は示されませんでした。

仮に氷河が祭壇石をドッガーバンクまで運んだとしても、そこからソールズベリー平原までは約400キロあり、残りは人間が運ばなければなりません。

さらにドッガーバンクは、海面上昇によって約8000~7000年前までに水没しました。

祭壇石がストーンヘンジに置かれたと考えられる時期は、それより約3000年後です。

ドッガーバンク経由説が正しければ、人々は土地が水没する前に石を別の場所へ運び出し、数千年後に再び移動させたことになります。

人々が大切な石を海面上昇から守ったという筋書きは興味深いものですが、それを裏づける直接的な考古学的証拠はありません。

ドッガーバンクから祭壇石の破片が見つかったわけでもなく、祭壇石そのものが氷河に運ばれたことも証明されていません。

また、今回のモデルは空間的には約2.5キロ、時間的には1000年単位の解像度であり、細かな氷流の変化を完全に再現できるものではありません。

約45万年前には氷床がさらに南まで広がった時期もありましたが、その時代には十分に精密な氷床モデルがなく、輸送経路を検証できませんでした。

研究チームは今後、スコットランド北東部にある正確な供給地点と、人々が利用した可能性のある輸送経路の解明を目指します。

さらにドッガーバンク経由説を直接検証するには、海底に埋まる大型岩石の種類を調べ、過去の氷流をより細かく再現することも重要になるでしょう。

今回の研究が示したのは、氷河が祭壇石をストーンヘンジまで届けたという結論ではなく、その長い旅の一部を助けた可能性です。

氷河が輸送を手伝ったとしても、祭壇石を最終的にストーンヘンジへ運び、据えた主役が古代の人々だったことに変わりはありません。

参考文献

New theory on how six‑tonne Stonehenge rock was transported from Scotland thousands of years ago: On a glacier
https://phys.org/news/2026-07-theory-sixtonne-stonehenge-scotland-thousands.html

Stonehenge’s Altar Stone May Have Traveled Partway on a Glacier from Scotland Before People Took Over
https://www.zmescience.com/science/news-science/stonehenge-altar-stone-scotland-origin/

元論文

From Highlands to Henge: Refining the Provenance and Transport Pathways of Stonehenge’s Altar Stone
https://doi.org/10.1002/jqs.70080

ライター

矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。

編集者

ナゾロジー 編集部

配信元: ナゾロジー

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