全国のラーメンを食べ歩くラーメンライター、井手隊長です。
神保町には個性的なラーメン店が数多くあるが、その中でも独創性という点で群を抜く存在が「キッチンきらく」だ。
阪田店主の自由な発想から生まれる限定メニューには熱烈なファンが多く、夏になると冷やしラーメンだけでも驚くほど豊富なラインナップが並ぶ。定番の冷やし中華とは一線を画す、ジャンルレスな一杯ばかりで、お店の前で思わず長考してしまうほどだ。
そんな数あるメニューの中から今回選んだのが、「モロヘイヤの冷やがけ中華そば」。大盛無料。
提供された一杯は鮮やかな緑と赤が印象的。具材はトマトとモロヘイヤという極めてシンプルな構成で、麺には稲庭中華そばを使用している。
このラーメンの何より驚くべきは、この一杯のルーツが日本ではなくエジプトにあるということだ。
ベースになっているのは、エジプトをはじめ中東地域で古くから親しまれている「ムルキーヤ」という伝統的なスープだ。
ムルキーヤはモロヘイヤを細かく刻み、ニンニクやコリアンダーなどの香味とともに煮込んだ家庭料理で、モロヘイヤ特有の粘り気を生かした濃厚なスープとして知られている。地域によって鶏肉やウサギ肉などを加えることもあり、「王家の野菜」とも呼ばれるモロヘイヤの栄養価の高さもあって、現地では国民食ともいえる存在だ。
そのムルキーヤをラーメンへと落とし込んだのが、この「モロヘイヤの冷やがけ中華そば」である。
スープをひと口飲んで驚いた。
たっぷりのモロヘイヤによって生まれる自然なとろみが、冷たいスープに驚くほど心地よい舌触りを与えている。そこへクミンをはじめとするスパイスが穏やかに香り、エキゾチックな風味を演出する。しかし決してクセが強すぎることはなく、絶妙なバランスにまとめられている。
さらに効いているのがトマトだ。
トマトの爽やかな酸味がモロヘイヤの濃厚さを軽やかにまとめ上げ、後味は驚くほどすっきり。暑さで食欲が落ちる季節でも、レンゲが止まらない。
さらにしなやかでツルリとした喉越しの稲庭中華そばの麺に、とろみのあるスープがしっかりと絡みつく。満足感が高く、大盛にしても最後まで重たさを感じさせない。
ラーメンという料理は自由だと言われるが、この一杯はまさにその可能性を体現しているようだった。
今年も数多くの冷やしラーメンを食べ歩いているが、この「モロヘイヤの冷やがけ中華そば」は間違いなくトップクラス。単なる変わり種では終わらない完成度がある。
モロヘイヤという食材、ムルキーヤという異国の料理、スパイスの香り、トマトの酸味、そして稲庭中華そば。それぞれの個性が一つの丼の中で見事につながり、「冷たいラーメン」の新しい可能性を提示してくれる。
食べ終えたあと、思わず口をついて出た言葉はただ一つだった。
「もう完全に天才。」
奇をてらうだけでは、この味には到達できない。発想力と技術力、その両方を兼ね備えた店だからこそ生まれた、まさに傑作中の傑作。今年の冷やしラーメンを語るなら、この一杯は絶対に外せない。
キッチンきらく
東京都千代田区神田神保町1丁目 5 M2 神保町1F
(執筆者: 井手隊長)
