
「若いうちは残業して当たり前」「仕事は見て覚えるものだ」「上司より先に帰るのは非常識だ」。
職場でこうした言葉を聞き、「それは社会の常識ではなく、あなた個人の意見ではないか」と違和感を覚えたことはないでしょうか。
もちろん職場だけでなく、自分の意見は社会全体の合意であるかのように語る人たちはネット上の議論などでもしばしば見かけます。
なぜ世の中には、個人的な経験や価値観から生じた考えを、「社会の常識」だと思い込む人が多いのでしょうか?
心理学や、認知研究では、そんな理不尽な物言いの背景が詳しく分析されています。
ここでは、多くの人々に共通する認知バイアスの研究を手掛かりに、「自分の意見」を社会の常識として押し付けてしまう仕組みを考えていきます。
自分が厄介な人にならないためにも、こうした心理傾向は理解しておいた方が良いかも知れません。
目次
- 年齢とともに「昔の正解」を手放しにくくなる
- 「自分の常識はみんなの常識」は誰にでも起こる
年齢とともに「昔の正解」を手放しにくくなる
まずは職場で起こりがちな、上司の自分ルールの押し付けがなぜ起きるのかを考えてみましょう。
心理学の認知加齢研究では、年齢によって低下する能力と、維持されやすい能力について長く調べられてきました。
そこで重要になるのが、「流動性知能(fluid intelligence)」と「結晶性知能(crystallized intelligence)」という二つの能力です。
流動性知能とは、初めて見る問題の規則を見つけたり、状況に応じて考え方を切り替えたりする力です。
一方の結晶性知能は、語彙、専門知識、仕事の経験など、長い時間をかけて蓄積された知識を利用する力です。
心理学者ソルトハウスは、約5000人の成人を対象とした複数のデータを用い、処理速度、記憶、推論、語彙などの能力が、年齢によってどのような軌跡をたどるのかを分析しました。(Salthouse, 2019)
その結果、個人差はあるものの、情報を処理する速さは成人期の比較的早い段階から平均的に低下し、記憶や推論も年齢とともに低下が大きくなる一方、語彙知識は60代まで増加する傾向が確認されました。
つまり人間は年齢を重ねると、新しい状況をその場で分析して解決する力が低下しやすくなり、過去に蓄積した知識や経験でカバーする傾向が高くなっていくのです。
そのため、ある上司が「新人の頃に厳しく叱られたことで成長できた」と感じていた場合、その個人的な成功体験が、加齢後に「新人は厳しく叱らなければ成長しない」という、すべての部下に当てはまる法則へと変わってしまう可能性があるのです。
当然、このような問題は、新人個々人の特性に応じて判断すべきことですが、その能力が低下するために、一律で自分の経験からカバーして教育していく行動になってしまうのです。
もちろんベテラン社員の経験が、若い社員の気づかない危険を見抜き、問題を素早く解決するための重要な資源となる場合も当然あるでしょう。
しかし、その経験が現在の状況にも当てはまるのかを判断できなければ、豊富な経験が逆に妨げになることもあるはずです。
新しいやり方が「自分の人生の否定」に見える
年配の人では昔のやり方や考え方を手放したがらない傾向を感じますが、それは何も認知能力の低下だけが原因ではありません。
長年続けてきたやり方は、単なる作業手順ではなく、その人の自己評価と結びついている場合があります。
「長時間働いたから評価された」
「理不尽な指導に耐えたから一人前になれた」
「会社を優先したから今の地位を得られた」
このような経験を持つ人にとって、若い社員から「その残業は必要ありません」「その方法は非効率です」と指摘されることは、単なるやり方の否定で終わらない可能性があります。
心理学では、自分自身の価値や社会的な立場が脅かされたと感じることを、「アイデンティティ脅威(identity threat)」や「地位脅威(status threat)」と呼びます。
ニュージーランドのマッセー大学(Massey University)のダニー・オズボーン(Danny Osborne)氏らは、権威主義に関する研究を整理し、自分たちの価値観や社会的な秩序が脅かされていると感じることが、伝統や規律を強く守ろうとする態度と関係することを報告しています。(Osborne, 2023)
権威主義(authoritarianism)とは、既存の権威や秩序を重視し、そこから外れる人に厳しい態度を取りやすい傾向です。
これを職場に当てはめると、従来のやり方を改善する提案は、上司にとって単なる変化ではなく、自分の経験や権威に対する脅威として受け取られる可能性があります。
すると上司は、新しい方法を検討するよりも、「これまでのやり方が正しい」「若い社員はまず従うべきだ」と主張し、従来のルールをいっそう強く守ろうと考える傾向が強まります。
つまり、上司が昔のやり方を押し付ける背景には、過去の経験に頼りやすくなる認知上の問題だけでなく、その経験を否定されることで、自分の人生まで否定されていると感じる心理も関係するのです。
もし自分の方が正しいのに意見が通らない、と感じている人たちがいるなら、上司や目上の人たちには、このような人間心理が存在するのだと理解する必要があるかもしれません。
人間の心理的特性を無視して、ただ非効率だから、時代にあってないからという理由で意見を出すと、思わぬ猛反発を誘発してしまいます。
「自分の常識はみんなの常識」は誰にでも起こる
ここまでは主に職場で起こりがちな、年配者からの意見を押し付けについて述べましたが、、ネット上では自分の意見をまるで社会の合意であるかのように語る人たちも目立っています。
そのため、ここからは全年齢の人で起こり得る「自分の常識はみんなの常識」という考え方の原因について考えていきます。
都合のよい事実だけを集める「確証バイアス」
米国タフツ大学(Tufts University)の心理学者レイモンド・ニッカーソン(Raymond S. Nickerson)は、1998年に発表した総説で「確証バイアス(confirmation bias)」に関する研究を幅広く整理しました。(Nickerson, 1998)
確証バイアスとは、自分が信じている考えを支持する情報ばかり探してしまい、それに反する情報は軽く扱ったり、都合よく解釈してしまう傾向のことです。
例えば、「厳しい指導は人を成長させる」と信じている上司は、厳しく指導した後に成果を上げた部下をよく覚えている一方、同じ指導によって自信を失った人や、職場を去った人については「本人に意欲がなかった」「最近の若者は打たれ弱い」と別の原因を当てはめる可能性があります。
すると成功例だけが経験として残り、上司の信念はさらに強くなります。
これがいわゆる確証バイアスです。
しかし、同じことは若い人でも起こります。
例えば、「仕事は効率さえ良ければ、働く時間や職場での人間関係は重要ではない」と考えている人は、スムーズに成果を上げた事例だけを、自分の考えを裏づける証拠として重視し、情報共有の不足で作業のやり直しが生じたり、周囲との連携が取れずに仕事が遅れたりしても、「上司の指示が曖昧だった」「無能な同僚に足を引っ張られた」と解釈して、自分の考え方を見直さない可能性があります。
なので確証バイアスは、年配者だけが持つ問題ではありません。
そのため対立する双方が、自分の考えに合う事例だけを集め、「やっぱり自分の考えは正しい」という印象を強めてしまう可能性は十分にあるのです。
「自分は偏っていない」と感じる素朴実在論
人は、自分の意見を個人的な価値観から生まれたものではなく、「事実を客観的に見た結果だ」と考えやすい傾向があります。
この心理は「素朴実在論(naive realism)」と呼ばれます。
自分の判断が客観的だと思っていると、「同じ事実を冷静に見れば、他の人も自分と同じ結論になるはずだ」と考えます。
そのため、異なる意見を持つ相手については、「必要な情報を知らない」「感情や利害に左右されている」「先入観を持っている」と解釈しやすくなります。
米国スタンフォード大学(Stanford University)のエミリー・プロニン(Emily Pronin)氏らが行った研究では、参加者は他人よりも、自分の方が様々な認知バイアスの影響を受けにくいと評価しました。(Pronin, 2002)
つまり、人は他人の偏りには気づきやすい一方で、自分自身の偏りには気づきにくいのです。
双方が自分を客観的だと思っていると、相手の意見は「常識がない」「何も分かっていない」と判断しやすくなります。
結果、互いの考えが生まれた背景を理解するよりも、相手の知識や判断力に問題があると捉えやすくなり、対立も深まりやすくなるのです。
「普通はこうする」を生む偽の合意効果
さらに人間は、自分と同じ考えを持つ人の割合を実際より多く見積もる傾向があります。
これは「偽の合意効果(false consensus effect)」と呼ばれます。
米国スタンフォード大学(Stanford University)のリー・ロス(Lee Ross)氏らは1977年、四つの研究を通じてこの傾向を調べました。(Ross, 1977)
参加者は、ある状況で二つの行動のどちらを選ぶかを答えた後、ほかの人がそれぞれの行動を選ぶ割合を予測しました。
その結果、自分が選んだ行動について、他の人も同じ選択をする割合を高く見積もる傾向が確認されたのです。
この効果が働くと、個人的な意見が「普通の人なら同意する意見」に変わります。
「普通は上司より先に帰らない」
「社会人なら休日でも仕事の連絡を確認する」
「若者はみんな責任を避けたがっている」
こうした言葉の背後には、自分や身近な人の考え方を、世の中の多くの人に共通する「普通の感覚」だと思い込んでしまう心理が潜んでいます。
意見のズレは双方向の問題
確証バイアス、素朴実在論、偽の合意効果は、誰にでも起こる認知上の問題であり、意見が対立したときに、どちらか一方だけが偏っているという話ではありません。
世代、育った環境などでもみんな考え方は異なります。
問題の中心は、どちらが正しいかではありません。
自分の経験から生まれた価値観を唯一の常識だとみなし、異なる背景を持つ相手の判断を最初から誤りとして扱ってしまうことにあるのです。
こうした特性を知っていると、自分には受け入れがたい考えの人に出会ったときも、多少は相手のことが理解できるようになるかもしれません。
元論文
Generational differences at work? A meta-analysis and qualitative investigation
https://doi.org/10.1002/job.2827
Age, Period, and Cohort Differences in Work Centrality and Work Values
https://doi.org/10.3390/soc8010011
Work Values in the United States: Age, Period, and Generational Differences
https://doi.org/10.1177/0002716218822291
ライター
相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。
編集者
ナゾロジー 編集部

