
猛毒を持つヘビは、なぜ自分自身の毒で命を落とさないのでしょうか。
その答えの一部は、ヘビの血液中に存在する天然の毒素阻害タンパク質にありました。
米メリーランド大学カレッジパーク校(UMD)の研究チームは、ニシダイヤガラガラヘビ(Crotalus atrox)の血中タンパク質を遺伝子組換えで作り、複数を組み合わせました。
その結果、毒とあらかじめ混ぜたマウス実験において致死作用を中和し、市販抗毒素より重量当たり約10倍の効力を示すことを明らかにしています。
研究成果は2026年7月29日付で『Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS)』に掲載されています。
目次
- ヘビ自身の防御システムを抗毒素に利用する
- ガラガラヘビの血中タンパク質の組み合わせが「10倍の効力」を発揮
ヘビ自身の防御システムを抗毒素に利用する
ヘビ咬傷は、世界で毎年約10万人の命を奪い、数十万人に障害を残す深刻な問題です。
現在の抗毒素は、主にウマやヒツジなどへ少量のヘビ毒を繰り返し投与し、動物の血液から毒に反応する抗体成分を精製して作られます。
この方法は多くの命を救ってきましたが、製造に手間と費用がかかり、大量投与によってアナフィラキシーや血清病などの副反応が起こることがあります。
さらに、ヘビ毒は1つの物質ではなく、50~100種類もの毒タンパク質が混ざった複雑な液体で、その構成は種によって大きく異なります。
多くの種に効かせようとすると1種当たりの効力が下がることもあり、幅広さと強さの両立が課題でした。
そこで研究チームは、毒ヘビが自分の毒から身を守る仕組みに注目しました。
ガラガラヘビ属の血清(血液から血球や凝固因子を取り除いた液体成分)には、フェチュインAという血中タンパク質から派生した「FETUA」と呼ばれる一群のタンパク質があります。
その一部は、出血や組織損傷、血液凝固の異常を引き起こす「ヘビ毒内の酵素」を阻害します。
研究チームは、ニシダイヤガラガラヘビのFETUA-1からFETUA-5を遺伝子組換えで作製し、単独または複数を組み合わせて、毒によるタンパク質分解やマウスの皮下出血をどこまで抑えられるか調べました。
致死作用の試験では、FETUAとマウスの半数が死亡する量の3倍に当たる毒を37℃で30分間混ぜてから腹腔内へ投与し、48時間の生存を確認。
さらに市販のヒツジ由来抗毒素CroFabと必要量を比べ、別種のガラガラヘビ属や、遠縁のクサリヘビ科の毒にも作用するかを検証しました。
その結果、致死試験で単独使用したFETUA-2とFETUA-3では死亡を完全に防げませんでしたが、複数を適切に組み合わせると、ガラガラヘビ毒の致死作用を完全に防ぐ配合が見つかりました。
より詳しい結果と、組み合わせによって効果が高まった理由を次項で見ていきます。
ガラガラヘビの血中タンパク質の組み合わせが「10倍の効力」を発揮
ニシダイヤガラガラヘビ毒では、FETUA-2が出血を完全に抑えたものの、単独では5匹中2匹しか生存せず、生き残った個体にも中毒症状が見られました。
一方、FETUA-3は試験管内で一部の毒酵素を強く抑えましたが、単独では出血も死亡も防げませんでした。
ところがFETUA-2とFETUA-3を組み合わせると、マウス5匹がすべて生存し、目立った中毒症状も確認されませんでした。
研究チームは、2つのFETUAが異なる種類の酵素を抑え、互いの弱点を補ったと考えています。
ただし、致死作用に関わるどの毒酵素をそれぞれが阻害したのかは、まだ完全には特定されていません。
毒の構成が異なるヒガシダイヤガラガラヘビでは、FETUA-2とFETUA-3だけでは効果が足りず、FETUA-5も加えた3種類の組み合わせで初めて5匹すべてが生存しました。
これは、対象となるヘビの毒に応じて、必要なFETUAの配合も変わることを示しています。
また研究チームは、別の効力比較試験を行いました。
ここでは、FETUA-2、FETUA-3、FETUA-5の3種類の混合物を使用しています。
そして、この混合物で半数のマウスを救うのに必要とされた量は5.6mg/kgで、市販抗毒素CroFabでは52.6mg/kgでした。
つまり3種類のFETUA混合物は、この実験条件では重量当たり約10倍の効力を示したことになります。
FETUAが毒酵素の働きを直接止め、今回の毒で重要な複数の標的を少数のタンパク質で抑えたことが、高い効率につながった可能性があります。
ちなみに、これらはマムシ亜科の毒にも保護作用を示しましたが、すべてのクサリヘビ科の毒に効いたわけではありませんでした。
また今回の結果は、毒とFETUAを事前に混ぜた少数のマウスによる実験であり、咬傷後の治療効果を示したものではく、人間を対象とした試験も行われていません。
今後は、毒が体内に入った後から投与する救命試験に加え、安全性や体内での持続時間、ほかの主要毒素を抑える分子との組み合わせを確かめる必要があります。
それでもヘビが作り上げた自衛の仕組みは、より強力で安定して生産できる次世代抗毒素の設計図になる可能性があるのです。
参考文献
Scientists Discover an Antidote to Lethal Snake Bites in the Reptiles’ Own Blood
https://today.umd.edu/scientists-discover-an-antidote-to-lethal-snake-bites-in-snakes-own-blood
元論文
Nature’s antivenom: Combinations of conserved rattlesnake serum metalloproteinase inhibitors block the lethal action of viper venoms
https://doi.org/10.1073/pnas.2612168123
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部

