
TVアニメ「ワールド イズ ダンシング」(毎週木曜夜10:00-10:30ほか、TOKYO MXほか)をモチーフにした特別イベント「Noh&Animation Experience TOKYO 2026 ワールド イズ ダンシング~能とアニメを楽しむ5日間~」が、7月26日~30日に東京・銀座にある能の殿堂・観世能楽堂で開催された。
初日のトークイベントの後には、三原和人氏の原作から能楽監修を務めている能楽師・川口晃平によるワークショップが、通訳付きで行われ、TVアニメで主人公・鬼夜叉を演じている花守ゆみり、黒柳トシマサ監督も参加。世阿弥「老松」の謡(うたい)の稽古、唐織や般若の面の着用デモンストレーション、能装束の公開着付け、「自然居士(じねんこじ)」の装束付き芝居の実演など盛りだくさんの1時間に。場内で行われていた一般参加者向けの展示やワークショップとともにレポートする。
■やる気ありすぎ生徒・花守ゆみりと、感覚派な先生・川口晃平のやりとりが面白い
トークショーから休憩を経て、ワークショップ開始。観客にも事前に配られていた「老松」の詞章(台本)のプリントを、花守たちが持ってきていなかったことに気づいて、一度登場した彼らをすぐ袖に戻す自由な川口と、笑顔で応じる楽しそうな花守たち。
そして、おもむろに正座し、大きく響く美声で「老松」を謡い出す川口。能のワークショップに慣れている観客席の一部の方々は、この時点ですでに小さく合唱。だが、慣れていない我々には驚きの展開の速さ。
というのも、何せすごい迫力なのだ。直前のトークショーのフォトセッションの合間に「生の声の響きがすごくて、ノイズがなくて台詞もきれいに聞こえそう…木材の吸収率がいいのかな?」(花守)、「そうなんですよ、世阿弥先生の時代から600年かけてさまざまな工夫を重ねられてきたよくできた舞台。音楽ホールみたいに残響音がないから、キレがよくて響きがある」(川口)と語り合っていたが、それに加えて生の肉体、ライブの存在感がすごい。
ひと通りの発声や、拍子(リズム)、節扱い(メロディー)などをレクチャーした後、「さて、これを今日、覚えて帰ってください。皆さんは能楽師です」と、やはりすごい速さで観客たちの意識レベルを上げてくる川口。無茶振りなのだが、本気だと分かるので、こちらもどんどん楽しくなってくる。
「姿勢を正して、息を吸って、大きい声で、遠くへ届くように。今よりももっとギアを上げて~!」という川口の音頭で、壇上の花守、黒柳監督も含めて会場が一体となり、大きな声で謡う。
節回しが独特で難しいため、一部の愛好家を除き何とかついていった状態が多いであろう参加者の中、花守は謡い終わってすぐ「ハイ!ハイ!ハイ!先生!!」と挙手。「先生が、本業で謡われているときの、ビブラートに近い発声は、どうやってやられているんですか!?」と、声を極める職業ならではの観点で前のめりに質問を。
これに対し、なぜかすぐには答えず、再び「めーーでーたーーけーーれーーー」とラストフレーズを謡い始める川口。それを受けて「これですこれ…!え、すごい、どうやって?」とさらに質問を重ねる、興味津々の花守。
通訳も英訳を挟む中、ようやく「何万回も謡うことでしょうね!」という回答(?)を得られると、花守は「うわぁ~!」と感激。
「それに感動してしまって…。何だろう、ビブラートではないと感じています。まっすぐ届くけど、揺れている…っていうのが、感動してます、今!」と、一見噛み合っていないようでしっかり通じ合っている“先生”と“生徒”ぶりを見せていた。
■花守ゆみり、豪華な装束・唐織を着付けてもらう 黒柳監督は“職場での姿”に変身?
続くワークショップでは、女性主人公…能における、いわゆる美女が着る豪華な装束「唐織」を、花守が羽織ってみることに。
ロビーには別の柄の唐織も展示されていたが(後述)、ここで登場したのは、川口曰く「それよりも少しグレードが高い」という紅色と浅葱色の生地に、金糸で模様が織られているもの。「この模様は刺繍じゃなくて、すべて織られているんですよ」と聞いて、感動しつつも恐縮しきりの花守。
黒柳監督には、般若の面(おもて)をかける体験をしてもらうことに。川口からは「能面は非常にデリケートで貴重な文化財。手の脂がつくのを防ぐため、面の耳あたりの“紐穴”のところを指で挟むように持つ」「能面をかける前に、能面に向かって一礼をする」といった厳格な作法のアナウンスが。
「はい、これが職場での監督の姿です」「見覚えのあるスタッフの方もちらほらいらっしゃるかと…」と、あらゆるクリエイターの現場を熟知する者ならではのイジりで、登壇者を含めた会場を笑わせる川口。
黒柳監督は「すごく、面(おもて)の木の香りがしますね…すごくいい匂いです」と満足げ。川口は「檜(ひのき)でできているんです」と補足。さらに「目と歯に金属がハマっていますけど、これは、この世のものではないという表現。美しい貴婦人が鬼になってしまった姿です」と解説した。
花守はここでも挙手をして「さっきお袖(舞台袖)で先生から『般若の面は、顔の上の方はまだ人としての心が残っているからちょっと悔いている感じで、下のほうは憎しみが見える人ならざる者の表情になっているから、見せる向きで表情が変わる』って聞いたので、『はあああああ』って震えてました」と感想を。川口は「般若は、怒っているというより、悲しい顔なんです。そう思って、もう一度ロビーに展示してある面を見てください」と観客に向けてメッセージを送っていた。
■TVアニメ1話で観阿弥が“素顔”で演じた「自然居士」の装束着付けと芝居実演
続いて、「普段は楽屋でやっている、決して人に見せてはいけない、秘密の…お着替えシーン」と川口が煽る、「自然居士」の能装束の着付けコーナーに。
「この(完成前の)姿はあまり人には見せたくない…とおっしゃるのを、今日は特別に、ご無理を申しまして来ていただきました」という紹介で、この企画でモデルの役割を担った坂井音隆が綿入りの胴着姿で登場。綿入りを着るのは、体の線を消すためと、洗うことのできない貴重な装束に、上演中の大量の汗が移らないようにするためだそう。
早速、3人掛かりで着付けていく過程で、キャラクターによって襟の色が決まっていることや、横糸が太く丈夫なため蛇腹のようになる大口(袴)を左から履くこと、能の着付けの特徴である腰がぐっと上がったスタイルの仕掛け、お坊さんである自然居士の作業着的な水衣の模様、腰帯の模様の入り方など、600年の歴史の中で磨き上げられてきた工夫や現状に言及。
さらに、鬘(かづら)の素材である人毛が、今はカラーリング文化の浸透した日本から中国産に移行していることや、自然居士の面・喝食(かっしき)の額に描かれている銀杏の葉のような前髪が、どこか理知的でありながら出家前の世俗の匂いも残す少年性の象徴であることなどを解説。
この「自然居士」は、TVアニメ「ワールド イズ ダンシング」の第1話でも観阿弥によって舞われていた演目。人買いに自分を売ってまで親の追善供養をしようとした娘を、芸のある若い僧侶・自然居士が救うという、いわば“スーパースターもの”だ。
前半は会話劇、後半は芸づくしという構成で非常に人気が高く、いわば時代を超えた大ヒット曲。「何せ、今もまだ演じていますから我々」と笑う川口の一連の言葉を、分かりやすくしようとした通訳が、「Super Hit Song like a 美空ひばり『川の流れのように』…」と、なぜか日本の曲で喩えていて面白かった。
登場時の袈裟姿から、鼓を持って踊りまくる芸づくしの姿まで、装束の変化も、川口の解説付きで仕上げていく。
芸づくしのときは、腕まくりをして前折烏帽子を前後逆にしてつける。前後逆の烏帽子は、形式にとらわれないキャラクターであるという説明でもあるとのこと。
また、そこから展開して、烏帽子は男装であり、白拍子のように性別の垣根を超えることが芸能のスタートであるといった哲学トークも。
そのまま、これも滅多にない“装束付き芝居”で「自然居士」の実演が。
なお、川口によると「これを観阿弥は素顔で演じていました」とのことで、これを英訳する際、通訳がナチュラルに「Because, he is Handsome」と理由を補足。続く「世阿弥はそれ以上に美少年だったそうです」には、端的に「Zeami is Super Handsome」と英訳して、会場が何となく笑顔に。
最後に川口は「世阿弥も美少年だったけど、そんな彼が今後、この能をどう演じていくのか…期待していてください」とTVアニメの展開を匂わせつつ、「能という、世界最古のエンターテインメントと、アニメという最新のエンターテインメントが合体した『ワールド イズ ダンシング』をどうぞ最後までお楽しみください」と締めくくった。
■江戸時代の能面などもお気軽につけられてしまう…“能面体験”と場内の展示の様子
ワークショップ終了後は、本イベントの目玉企画の一つである“能面体験”へ。
実際の舞台で使われる本物の能面が約70種並べられており、その中から1つだけ好きなものを選んでつけてもらうことができる。
中には名だたる能面師の手によるものや、江戸時代初期に作られたものなども普通に混ざっており、「いいの!?」という気持ちに。さすがに触って選ぶことは許されていないため、選んだ能面を能楽師に指定して用意してもらう。
歴史ある能面は特に、耳のあたりの塗装だけが指の摩擦で自然とすり減っている。ワークショップ前半で黒柳トシマサ監督が習っていた作法を参考に、紐穴の部分だけを指で挟み、能面への一礼を忘れず、いざ着用。
その他にも、「翁」や「道成寺」の人形、さまざまな舞台写真のパネルも。
入り口そばには唐織や長絹(ちょうけん)といった装束、「羽衣」の屏風、「顰(しかみ)」、安右衛門作の「小面」などが。
さらに、TVアニメ「ワールド イズ ダンシング」の原画展示も。また、廊下には掛け軸や系図、模型なども展示されていたので、写真で確認してほしい。
※「Noh&Animation Experience TOKYO 2026 ワールド イズ ダンシング~能とアニメを楽しむ5日間~」の展示やワークショップの様子を収めた写真を、WEBザテレビジョンに掲載中。
◆取材・文・撮影=坂戸希和美

