
私たちは、相手の表情をその人の顔そのものだけから判断していると考えがちです。
しかし、同じ曖昧な笑顔を見ても、自分が楽しい気分かどうかによって、その見え方は変わるのかもしれません。
東京理科大学の研究チームは、コメディ動画を見た後には、他人の顔に浮かぶ「かすかな笑顔」をポジティブな表情として認識しやすくなることを明らかにしました。
研究成果は2026年7月20日付で、国際学術誌『Scientific Reports』に掲載されています。
目次
- 楽しい気分は曖昧な笑顔の見え方を変えるのか
- コメディ後は「かすかな笑顔」の正答率が上昇
楽しい気分は曖昧な笑顔の見え方を変えるのか
表情を読み取る力は、相手の感情を理解し、信頼関係を築くうえで欠かせません。
なかでも笑顔は、相手がポジティブな感情を抱いていることを伝える大切な手がかりです。
相手の笑顔を読み取ったうえで判断したり行動したりすることは、良い関係を生み出し、維持していくために重要でしょう。
しかし、私たちは表情をカメラのように客観的に、いつも同じように見ているわけではありません。
心理学では、自分の現在の気分と一致する情報を知覚したり思い出したりしやすくなる「気分一致効果」が知られています。
そのため、楽しい気分のときには、曖昧な顔からポジティブな感情を読み取りやすくなる可能性があります。
ただし、満面の笑みなら、多くの人が気分に関係なく簡単に見分けられます。
そこで研究チームは、無表情に近い「かすかな笑顔」を使い、コメディによって生じた明るい気分が表情の判断に影響するかを調べました。
実験には18~24歳の成人53名が参加しました。
参加者は別々の日に、約20分間のコメディ動画と、感情を大きく動かしにくい天気予報動画の両方を視聴しました。
映像の前後には、その時点の活気や不安、疲労などを質問紙で測定しました。
その後、無表情の顔と笑顔または悲しい顔を混ぜ合わせるモーフィング処理によって、感情の強さを段階的に抑えた顔画像を提示しました。
顔にはマスクありとマスクなしの2条件があり、参加者は表情を「ポジティブ」「中立」「ネガティブ」の3択で判断しました。
その結果、天気予報を見た後と比べて、コメディを見た後には活気と親しみやすさが高く、怒り、混乱、疲労、緊張・不安が低くなりました。
ただし、「抑うつ・落ち込み」には有意な差がありませんでした。
また、マスクをしていない顔のかすかな笑顔では正答率が上がりましたが、悲しい表情やマスクをした笑顔では同じ変化が確認されませんでした。
より詳細な結果と、その理由を次項で見ていきます。
コメディ後は「かすかな笑顔」の正答率が上昇
マスクをしていない笑顔を「ポジティブ」と正しく答えた割合は、天気予報を見た後よりもコメディを見た後の方が高くなりました。
一方で、悲しい表情の判断には変化はありませんでした。
つまり、コメディを見たことで表情全般の判別が上達したのではなく、明るい気分と一致するポジティブな表情を正しく選ぶ割合が上がったと考えられます。
これが今回確認された気分一致効果です。
ところが、マスクをした笑顔では同じような変化は見られませんでした。
この課題は3択での判断であり、偶然でも一定の割合で正解できるため、マスク条件では気分の影響が表れにくい状況だった可能性があります。
笑顔を判断するには、口角の上がり方など口元の情報が重要です。
研究チームは、マスクによってその手がかりが隠れたことに加え、表情判断への自信が下がり、自分の気分が判断に反映されにくくなった可能性も挙げています。
探索的な分析(事前に仮説を立てず、データの中から関係性を幅広く探る分析方法)では、相手の立場に立って考える傾向が高いことや、コメディ条件での抑うつ・落ち込みが低いことが、笑顔の正答率の上昇と関係する候補として示されました。
もちろん、これらの関係は確定的なものではなく、参加者数も限られているため、今後さらに検証が必要だと言えます。
今後は、年齢や文化的背景の異なる人を対象にし、声や身ぶり、会話の流れを含む自然な対人場面でも同じ効果が起こるのかを調べる必要があります。
それでも今回の実験は、曖昧な笑顔の見え方が、相手の顔だけでなく、それを見る側の気分にも左右される可能性を示しました。
楽しい気分は、誰かが見せた小さなポジティブ感情のサインを見逃さないための、ささやかな助けになるのかもしれません。
参考文献
楽しい気分が、他者のかすかな笑顔への気づきを高める ~表情認識における気分一致効果とマスクの影響~
https://www.tus.ac.jp/today/archive/20260803_9929.html
元論文
Subtle positive facial expression recognition is enhanced by comedy viewing: individual differences in empathy and depressive tendencies
https://doi.org/10.1038/s41598-026-59955-0
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部

