
南極の海底には、ずっと隠されていた「魚の帝国」が広がっていたようです。
ことの発端は2017年に、南極半島の東側にある「ラーセンC棚氷」から巨大氷山(A-68、と呼称)が分離したこと。
その結果、それまで調査が難しかった西部ウェッデル海の一部が科学者たちの前に姿を現しました。
そこで見つかったのは、静かな泥の海底に無数の円形の巣が並ぶ、まるで「魚の帝国」と呼びたくなる繁殖地だったのです。
英エセックス大学(University of Essex)の調査によると、少なくとも1000個を超える魚の巣が集合していたとのこと。
実際の映像は記事内で。
研究の詳細は2025年10月29日付で学術誌『Frontiers in Marine Science』に掲載されています。
目次
- 海底を覆っていた1036個の「活動中の巣」
- 巣を密集させている理由とは?
海底を覆っていた1036個の「活動中の巣」
研究チームが分析したのは、2019年のウェッデル海探査で、遠隔操作無人探査機「Lassie」が撮影した、合計27時間の海底映像です。
調査は水深290〜411メートルにある5地点で行われ、すべての地点から魚の巣が見つかりました。
巣は海底の堆積物を払いのけて作られた浅い円形のくぼみで、平均直径は12.3センチメートルでした。
実際の映像がこちら。
調査の結果、映像内で巣を利用したり手入れしたりしていた魚は、通称「イエローフィン・ノティー」(学名:Lindbergichthys nudifrons)という魚でした。
この魚は最大でも19.5センチメートルほどの南極魚で、オスが巣に残って卵を守る習性を持っています。

チームが巣の使用状況を判断する手がかりにしたのは、海底を覆うプランクトン由来の堆積物でした。
巣のくぼみにも堆積物が積もっていれば「使われていない巣」、内部だけがきれいに保たれていれば「魚が維持管理している活動中の巣」と分類したのです。
その結果、277の巣群から1036個の活動中の巣が確認されました。
さらに93個は使われていない巣と判断され、72個の巣では内部や周辺に仔魚の姿も見つかりました。
今回の探査時期は既知のふ化時期より後だったため、卵そのものは確認されていません。
しかし、海底一帯に広がる多数の手入れされた巣と仔魚の存在は、この場所が実際に利用されている大規模な繁殖環境であることを示しています。
巣を密集させている理由とは?
さらに驚くべきことに、巣は無秩序に並んでいたわけではありませんでした。
チームは、密集した
・クラスター型
・三日月型
・直線型
・楕円型
・角張ったU字型
・単独型
という6種類の配置を特定しました。

最も多かったクラスター型は全体の42.08%を占め、巣同士が接触したり、部分的に重なったりするほど密集していました。
一方、群れから離れた単独型の巣は、集団内の巣よりも大きい傾向がありました。
チームは、大型で優位な成魚ほど単独で巣を守れる可能性を挙げていますが、これは映像から導かれた仮説です。
では、なぜ多くの魚は巣を密集させるのでしょうか。
有力視されているのは、捕食者から卵を守るための集団防御です。
クラスターの中央にある巣は、外から来る捕食者との間にほかの巣が入るため、襲われる危険を下げられる可能性があります。
また、この魚のオスは自分の巣から約25センチメートルの範囲を守るとされます。
巣が密集すれば隣同士の防衛範囲が重なり、結果的に集団全体を守るような形になるかもしれません。
周辺では、卵を食べる可能性のあるクモヒトデや、化学物質を感知して獲物を探す捕食性のヒモムシも確認されました。
多数の巣が集まれば卵のにおいが混ざり、捕食者が1つの巣を狙いにくくなる可能性もあります。
ただし、魚が協力して敵を追い払う場面や、配置によって捕食率が下がることは直接確認されていません。
南極の海底に築かれていた「魚の帝国」は、単なる巣の集合ではなく、親魚たちが厳しい環境で子孫を残すために作り上げた秩序ある繁殖地なのかもしれません。
しかし、その配置が本当に共同防衛を目的とするのかは、今後の長期観察で確かめる必要があります。
この発見は、西部ウェッデル海が魚類にとって重要な繁殖地であることを示すとともに、提案されているウェッデル海海洋保護区の必要性を支える新たな証拠にもなっています。
参考文献
Scientists Find a Hidden ‘Fish City’ Beneath Antarctica’s Ice
https://www.sciencealert.com/scientists-discover-more-than-1000-fish-nests-hiding-beneath-antarcticas-ice
元論文
A finding of maintained cryonotothenioid nesting sites in the Western Weddell Sea
https://doi.org/10.3389/fmars.2025.1648168
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

