トルコ系ドイツ人のファティ・アキン監督は、作品『愛より強く』(2004)、『女は二度決断する』(2017) など、ヨーロッパの移民社会を背景にした秀作を作り続け、世界中の映画祭を席巻し続けている。長編劇映画として12作目となる新作は、監督にとって珍しい時代物だ。友人であり共同脚本家としても共に仕事をした俳優ハーク・ボームの遺志を引き継いだこの映画の舞台は、北ドイツの砂丘などに囲まれた美しいアムルム島。ナチスの青少年組織ヒトラー・ユーゲント傘下のドイツ少年団(ユングフォルク)の一員として洗脳された少年が、食糧難の中で終戦を迎える島の春を描く本作は、監督が感化されているというイタリアのネオリアリズムのロベルト・ロッセリーニやヴィットリア・デ・シーカ作品を思わせる秀作で、どこかクラシックでありながら、生きるための勇気を教えてくれる。
美しい疎開島アムルムに刻まれた心象風景
1945年、ドイツ北部のアムルム島に疎開していた12歳のナニング少年は、自らの家族が、島社会から孤立していることを熟知していた。彼の両親はナチス崇拝者。戦争が終わるかもしれないと聞いたと話すだけで、ヒトラー信奉者の母から叱られ、「お前は弱い。“負ける”という言葉を発していること自体が、ヒトラー・ユーゲントにあるまじき行為だ」と説教される。戦地から戻ってこない父が不在の家庭で、母の言葉は絶対だ。しかし、母以外の大人、母の妹でさえ、戦争が終わりに近いことを知っていながらも、口にすることさえ許されない家庭環境に、ナニング少年は置かれていた。
本作は、監督とも親しい関係にあったドイツ人俳優ハーク・ボームの自伝的物語。「両親はナチスだったけれども、僕は彼らを心から愛していた。」というボームの自伝的映画を監督ファティ・アキンは当初、プロデュースする予定だった。しかし、病床に伏し、監督できなくなったボームに代わって、本作の監督を引き継ぐことになったという。アキン監督は、ボームが以前から言及していたドイツ・ロマン主義を代表する画家カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ(1774〜1840)を手がかりに、ハンブルク美術館で開催された同画家の展覧会を鑑賞。その絵画からアムルム島の風景を描くビジョンを構築した。カスパーの画は自然を観察するような神秘的な風景の中で、人間がぽつんと立ちすくみ、壮大な自然と対話しているのかのように見える。人間の孤独がシルエットとして描かれている絵画のように、この映画の中で描かれる島の自然と、孤独な少年の姿もまた、これまで見たことのない静かな脅威で我々に迫ってくる。
島の人間ではない「よそ者」だと、いじめに遭うナニング少年だが、母は断固としてそれに反論。島の血筋がある祖先の写真を見せ、この島で堂々と生き、戦争に勝つまでは、と踏ん張る母は、島の人たちとは一線を引いてプライドが高い。一方で、本土からさらに疎開してきた、瀕死の状態にある痩せ細った子供たちは、ナニング少年たちの乏しい食べ物でさえ、羨望の目で凝視する。唯一の友は、芋農場主の女性テサの息子ハーマン。テサはナニングの母と相反する反ナチス派だ。
監督と『女は二度決断する』(2017) の法廷劇でタッグを組み、最愛の夫と息子を失った絶望と悲しみに打ちひしがれる非力な女性役でカンヌ国際映画祭の女優賞を受賞した女優ダイアン・クルーガーもまた、この低予算映画で何か監督に協力できればと自ら出演を希望した。彼女が選んだ役が、出番も少ない芋農場主の女性テサ役。戦禍で食料がほとんどない中で、子供たちを育てる豪胆な農場主の役は、ダイアン・クルーガーのルーツをたどるのだそうで、その厳しそうな存在感は抜群。さらに、ヒトラーの訃報を受け、心身ともに打ちのめされたうえに、妊娠中なのに、食べ物まで拒んでうつ状態に陥りながらも、凄みのある母を演じるのが、『アイヒマンを追え!ナチスがもっとも畏れた男』の実力派のドイツ人若手女優ローラ・トンケ。
子供を気遣うどころか、うわごとのように、唯一食べたいのは、バターとはちみつがたっぷり塗られた白パンだとこぼす母のために奔走するのが、今作が映画デビューとなるドイツ人若手俳優ジャスパー・オレ・ビラーベック。懸命に、島中を駆け巡り、労働の過酷さ、残酷な行為で動物を犠牲にしてまでも生きなくてはならない少年の姿はリアルで、胸が締め付けられる。「男の子は強くなくてはならない。泣いてはいけない。」という母の理想、社会的に押し付けられた男らしさに戸惑いながらも、ポーカーフェイスで自らの行動を選択していく少年を演じきっていて、頼もしい。
そのほか、男優陣では、映画『オッペンハイマー』(2023) にも出演しているドイツ人俳優マティアス・シュバイクホファーも、ナニング少年の謎の叔父という設定でカメオ出演。結婚を望んだユダヤ人女性ルートが強制収容所で命を落とし、自身はアメリカへ渡った叔父テオの存在は、ナニング少年の家族の亀裂と、戦争がどれほど非情なものかを示唆する重要なシーンとなっている。
砂丘、海、アザラシ、そして独裁者の影
監督ファティ・アキンの撮影監督は今回、ハリウッド映画『スターゲイト』(1994) や『インディペンデンス・デイ』(1996) で名を成した撮影監督のカール・ウォルター・リンデンローブ。アキン監督と長年タッグを組んできた撮影監督レイナー・クラウスマンは、『RHEINGOLD ラインゴールド』(2022)を最後に引退。リンデンローブは、もともとボームが本作の撮影監督として起用していた人物で、アキン監督がその布陣を引き継いだのだという。
この映画で最も難しかったのは、島の美しくも、厳しい自然をどうリアルに撮影するかだったそう。ハリウッドの特殊効果映像とは別の意味で、チャレンジだったというリンデンローブは、少年のころ、ハンブルクで育ち、北海に浮かぶ平坦な島の風景に馴染みがあった。広い空、どこまでも続く雲、そして北欧に近いデンマークとの国境に吹く風。もっとも大変だったのは、その島のエコシステム、干潟を舞台としている少年の冒険シーン。干潟は海や川から流れた砂や泥が、干潮時に姿を現す広大な平地で、そのエコシステムは鳥が卵を産むなど、生き物が成長していく上でゆりかごのような存在でもあるそうだ。そんな干潟はナニング少年が大人になっていく上で、多くを学ぶ場所でもあって、見る人の想像を絶する自然の脅威を見せつける。
撮影監督のリンデンローブは、ARRIのインタビューで、外景では主に自然光を使い、可能な限りマジックアワーを狙ったと語っている。雨の合間や潮位が適切になる短い時間を逃さず撮影する必要があったという。アキン監督もまた、少年役のジャスパーの学業の妨げにならないように、毎日3時間という撮影時間の契約を守らなくてはならなかった。その干潟の満潮・干潮の時間を計算し、少年と同じくらい小柄な18歳の女優2人を代役としてリハーサルに起用し、ごく限られたマジックアワーの時間内に、台本のつなぎが途切れないようにドラマを撮影することが大変だったと語る。ジャスパー少年は、セイリングスクールで行われた公開オーディションで見つかった、水泳も得意な少年だった。満潮に合わせて自転車ごと溺れそうになる場面を撮影した際は、開始時にはまだ小川だった場所が約1時間後には海のような状態になるなど、撮影は時間との闘いだった。その自然と向き合うという行為が、監督にとってはとくに今、必要なことで、フリードリヒのロマン主義絵画が生まれた産業化の時代と同様、AIが発達する現在もまた、人間が振り返るべき自然はシネマの中でも重要なポイント。自らの立ち位置を考える対話の始まりになってくれればという。
2026年2月、ヴィム・ベンダース監督がベルリン国際映画祭の国際審査員記者会見での発言で議論を呼び、「我々 (フィルムメーカー) は政治から距離を置かねばならない」と発言したことに触れ、アキン監督は、どんなテーマであろうと、人間が押せば引く、という反作用がかならず生まれることは確かだと述べる。チャップリンがどれだけ政治的な内容を取り上げようと、さまざまな人に受け入れられていた理由について、人間にはどこかで共有できる動物的な愛や関係性があるはずであり、シネマは永遠に、我々のコミュニケーションの場であるべきだと熱く語っていたのが印象的だった。
文 / 宮国訪香子
映画『白パンと独裁者』
1945年、第二次世界大戦末期のドイツ北部・アムルム島は、本土へ向かう爆撃機が上空を飛行しながらも、どこか楽園のような静寂を保っていた。疎開してきた12歳の少年・ナニングは、戦地から戻らぬ父に代わり、農作業を手伝い妊娠中の母ら家族を支えている。しかし、ヒトラーに心酔する母・ヒレが彼の訃報を受けて心身ともに崩壊してしまうと、ナニングの日常も一変していく。生気を失い、食事を拒むヒレが唯一欲したのは、たっぷりのバターとはちみつが塗られた白パンだった。
監督:ファティ・アキン
出演:ジャスパー・ビラーベック、ローラ・トンケ、リーザ・ハークマイスター、キアン・ケップケ、ダイアン・クルーガー
配給:ビターズ・エンド
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2026年8月7日(金) ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国公開
