
相手に仕返しをしなければ、その人を許したことになるのでしょうか。
実際には、復讐するつもりはなくても、相手を避け、心を閉ざしたままになることがあります。
ドイツのロストック大学医療センター(University Medical Center Rostock)の研究チームは、女性患者102人を対象に、自覚しにくい「敵対性の強いナルシシズム」と許しに関連があることを報告しました。
研究成果は2026年3月12日付で学術誌『Journal of Behavior Therapy and Experimental Psychiatry』にオンライン掲載されています。
目次
- 「許し」を質問紙と反応時間の両方で調べる
- 自覚しにくい敵対性は「回避」と「善意の低さ」に独自の関連を示した
「許し」を質問紙と反応時間の両方で調べる
人から傷つけられた後、「もう怒っていない」と思いながら、その相手からの連絡を避け続けることがあります。
心理学でいう「許し」は、相手の行為を正当化したり、受けた被害を忘れたりすることではありません。
復讐したい気持ちや相手を避けたい気持ちが弱まり、相手への善意が回復していく心理的な変化を指すのです。
この許しに関係すると考えられてきた性格特性の1つがナルシシズムです。
ただし、ナルシシズムは単に「自分が好き」「注目されたがる」という1つの性質ではありません。
今回の研究が注目した「敵対性の強いナルシシズム(antagonistic narcissism)」は、他者を競争相手として見たり、批判に敵意で反応したり、特権意識や他者を利用する傾向を示したりする側面です。
この傾向が強ければ、他人から傷つけられた経験を自分への攻撃として受け取り、怒りや恨みを手放しにくくなる可能性があります。
しかし、従来の研究の多くは、本人が自分の性格を答える質問紙に頼っていました。
敵意や搾取性は認めにくい一方、「自分は人を許せる」という答えは好ましく見えるため、自己申告だけでは捉えにくい可能性があります。
そこで研究チームは、質問紙に加えて、単語を分類する速さから無意識的な関連性を評価するImplicit Association Test(IAT)を使いました。
対象は、心身医学クリニックで治療を受けていた19~60歳の女性患者102人です。
質問紙では、ライバル意識や特権意識などに加え、傷つけた相手への復讐、回避、善意、普段からの許しやすさを測りました。
IATでは、「自分」と「ナルシシズム的」、「自分」と「許し」がどれほど素早く結びつくかを反応時間から調べました。
そして分析の結果、自分と敵対性の強いナルシシズムを自動的に結びつける傾向が強い人ほど、許しやすさが弱く、相手を避けやすく、善意も低い傾向が見られました。
より詳細な結果を次項で確認してみましょう。
自覚しにくい敵対性は「回避」と「善意の低さ」に独自の関連を示した
まず単純な相関では、IATで測った敵対性の強いナルシシズムは、許しに関する5つの指標すべてと有意に関連しており、復讐動機とも結びついていました。
しかし、質問紙で測った自覚的なナルシシズムの影響も含めて詳しく分析すると、すべての関係が同じように残ったわけではありません。
自分と敵対性の強いナルシシズムを結びつける傾向は、質問紙の回答だけでは捉えられなかった許しの個人差と、独自に関連していました。
とくに明確だったのは、IATで測った「許し」との関係です。
この傾向が強い人ほど、「自分」と「許し」が結びつきにくくなっていました。
また、傷つけた相手から距離を置こうとする傾向が強く、相手への善意が低く、普段から人を許しにくい傾向も残りました。
つまり、本人が質問紙では強い敵意を自覚していなくても、自動的な反応や実際の対人姿勢に近い部分では、相手を受け入れにくい傾向が表れていたのです。
一方で、復讐動機については異なる結果になりました。
単純な相関では潜在的なナルシシズムとの関係が見られましたが、自覚的なナルシシズムも考慮すると、独自の関連は確認されませんでした。
代わりに復讐動機と結びついていたのは、質問紙で測った自覚的なライバル意識でした。
研究者らは、この違いには心理反応の性質が関係している可能性があると考えています。
相手を避けたり、相手への温かい感情を失ったりする反応は、「もう会いたくない」「信用できない」と瞬間的に感じる、無意識的で感情的な反応に近いと考えられます。
これに対して復讐には、相手にどう仕返しするか、いつ行動するかを考えるなど、より意識的な計画や判断が必要になる場合があります。
そのため、自覚しにくいナルシシズムは、積極的に相手を攻撃することよりも、相手との距離を広げ、善意を向けなくなる形で表れやすいのかもしれません。
ただし、この心理過程を今回の研究が直接確かめたわけではありません。
今回の結果は、本人が「恨んでいない」と考えていても、無意識的な対人反応が関係修復を妨げる一因になっている可能性を示します。
一方で、調査は1時点だけの横断研究であり、対象も女性の臨床患者102人に限られ、実際の仲直り行動も観察していません。
IATも課題の状況や測定誤差の影響を受けるため、無意識の性格を断定できるものではありません。
今後は、男性や一般集団を含む大規模調査に加え、参加者を長期的に追跡し、日常の対人行動を記録する研究が必要です。
参考文献
Unconscious narcissism is linked to an avoidance of forgiveness
https://www.psypost.org/unconscious-narcissism-is-linked-to-an-avoidance-of-forgiveness/
元論文
Associations between implicit antagonistic narcissism and forgiveness: Insights from a clinical sample
https://doi.org/10.1016/j.jbtep.2026.102102
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部

