
幽霊に追いかけられる夢、高い場所から落ちる夢、何者かに襲われる夢…
こうした不快な夢は、すべてが「悪夢」と呼ばれるわけではありません。
心理学における悪夢には、単に怖い内容であるだけでなく、眠りから目を覚まし、その内容を思い出せるといった特徴があります。
たまに悪夢を見ることは珍しくありませんが、繰り返し起こると睡眠を妨げ、夜になること自体が怖くなってしまう場合もあります。
では、普通の嫌な夢と悪夢は、どのように見分ければよいのでしょうか。
また、何度も同じような悪夢を見てしまう場合、どのように対処すればいいのでしょうか。
目次
- 悪夢を見分ける「4つのサイン」
- 悪夢を克服する方法
悪夢を見分ける「4つのサイン」
悪夢は主に、眼球が素早く動く「レム睡眠」の最中に起こります。
レム睡眠は夜の後半になるほど増える傾向があるため、悪夢も明け方に近い時間帯に起こりやすいとされています。
ただし、怖い夢を見ただけでは、心理学的な意味での悪夢とは限りません。
悪夢には、主に4つの特徴があります。
1.夢の内容そのものが「強い苦痛」を伴う
第1のサインは、夢の内容が本質的に恐ろしく、強い苦痛を伴っていることです。
悪夢では、殺されそうになる、けがをする、暴力を振るわれる、何者かに追いかけられるといった場面がよく現れます。
現実にはあり得ない巨大生物や、奇妙な色をしたヘビに襲われるなど、非常に不可解で非現実的な展開になることもあります。
こうした夢には、自分では状況を変えられないという無力感が伴いやすいのも特徴です。
ただ不愉快なだけではなく、恐怖や戦慄、強い不安を感じる内容になっていることが、悪夢を見分ける手がかりになります。
2.夢の途中で目を覚ます
第2のサインは、夢によって実際に眠りから目を覚ますことです。
怖い夢を見ていたとしても、そのまま眠り続けていた場合、厳密な心理学的定義では悪夢に含まれないことがあります。
悪夢では、恐怖や驚きによって眠りが中断されます。
目を覚ましたときに心臓が激しく動いていたり、汗をかいていたりすることもあります。
頻繁に悪夢を見る人は、そのたびに睡眠を中断されるため、心身を回復させるためのまとまった睡眠を確保しにくくなります。
悪夢は夢の中だけの問題ではなく、睡眠そのものを妨げる問題でもあるのです。
3.目覚めた後も「強い恐怖」が残る
第3のサインは、目を覚ました後にも強い苦痛や恐怖が続くことです。
悪夢から目覚めた直後には、「また同じ夢を見るのではないか」と考え、眠り直すことが怖くなる場合があります。
するとベッドに入っても体の緊張が解けず、脳が覚醒した状態になってしまいます。
この状態が繰り返されると、「眠ると悪夢を見る」という不安が強まり、不眠症を引き起こしたり、すでにある不眠を悪化させたりする可能性があります。
反対に、不眠症の人はネガティブな内容の夢を見やすい傾向があるため、不眠と悪夢が互いを悪化させる悪循環に陥ることもあります。
4.目覚めた後に「夢の内容」を思い出せる
第4のサインは、夢の内容を目覚めた後にも思い出せることです。
恐怖を感じて飛び起きたものの、何が起きていたのかまったく覚えていない場合、心理学的な定義では悪夢と見なされないことがあります。
悪夢では、誰に追いかけられたのか、どこで襲われたのか、どのように逃げようとしたのかなど、怖かった場面を比較的詳しく語ることができます。
恐ろしい映像や身体的な痛みまで、鮮明に覚えている場合もあります。

つまり悪夢とは、「怖い内容」「覚醒」「強い苦痛」「夢の記憶」という4つの特徴が組み合わさった夢なのです。
たまに悪夢を見ること自体は、正常な人間の経験です。
そのため、一度怖い夢を見たからといって、心理的な障害があるとは限りません。
一方で、およそ3~7%の人は頻繁に悪夢を経験しており、それによって睡眠の質や日常生活が損なわれているとされています。
繰り返す悪夢によって強い苦痛が生じたり、仕事や学業などの生活に支障が出たりしている場合には、「悪夢症」と診断される可能性があります。
悪夢症は単独で起こる場合もありますが、気分障害、不安障害、精神病性障害などと併存することもあります。
また、悪夢の中には過去のトラウマ的な経験が反映されているものもあります。
トラウマに関連した悪夢は、心的外傷後ストレス障害(PTSD)で見られる可能性のある症状の1つです。
PTSDのある人のおよそ3分の2が、自身のトラウマに関係する悪夢を経験するとされています。
ただし、すべての悪夢がトラウマに由来するわけではありません。
悪夢を克服する方法
繰り返す悪夢に悩まされている人にとって、「夢は自分では制御できないもの」と感じられるかもしれません。
しかし研究では、適切な治療によって悪夢の頻度や激しさを減らせる可能性が示されています。
悪夢を治療することで、睡眠の質だけでなく、PTSD、うつ、不安などの症状が改善する場合もあります。
では、悪夢を減らすためには、どのような方法があるのでしょうか。
悪夢の結末を自分で書き換える
悪夢に対する代表的な治療法が、「イメージ・リハーサル療法(IRT)」です。
この方法では、繰り返し見る悪夢を思い出し、その物語に新しい結末を作ります。
たとえば、巨大なヘビに追いかけられる夢を見ているなら、消防ホースで水をかけるとヘビがミミズほどの大きさに縮んでしまう、といった結末に書き換えます。
新しい結末は、必ずしも現実的である必要はありません。
奇妙な内容や、思わず笑ってしまうような展開でも構いません。
重要なのは、夢を見ている本人が状況に働きかけ、自分で危機を乗り越えられる内容にすることです。
そして、作り直した物語を毎晩寝る前に頭の中で繰り返し思い浮かべます。
スポーツ選手が試合前に成功する場面を想像するように、新しい夢の展開を心の中で練習するのです。
これにより、夢が悪夢へ向かい始めたとき、脳が別の展開へ進むための「脇道」を作れると考えられています。
複数の研究をまとめた分析でも、IRTはトラウマに関連する悪夢を減らすうえで有効であることが示されています。
米国睡眠医学会も、悪夢症やPTSDに関連した悪夢に対する治療法としてIRTを推奨しています。
睡眠を妨げる習慣を見直す
悪夢への対処では、夢の内容だけでなく、普段の睡眠習慣を改善することも重要です。
不眠症に対する認知行動療法である「CBT-I」では、眠れないまま長時間ベッドで過ごすなど、睡眠を悪化させる習慣を見直します。
また、悪夢に対する認知行動療法である「CBT-N」では、IRTに加えて、刺激制御法や睡眠効率を改善する訓練などが行われます。
睡眠時間を無理に長くしようとするのではなく、ベッドと睡眠の結びつきを整え、眠りやすい状態を作っていくのです。
悪夢と不眠は互いを悪化させることがあるため、睡眠習慣を整えることが悪循環を断ち切るきっかけになる可能性があります。
これらは個人でどうにかする対処ですが、あまりに悪夢がひどい場合は、医師に相談して、本格的な治療を受けるとよいでしょう。
まとめ:悪夢は「我慢するしかない夢」ではない
悪夢は単なる怖い物語ではありません。
眠りを中断させ、目覚めた後にも強い恐怖を残し、ときには「眠ることそのもの」への不安を生み出します。
しかし、悪夢の結末を書き換えて繰り返し思い浮かべるイメージ・リハーサル療法など、科学的根拠に基づく治療法も存在します。
たまに見る悪夢であれば、過度に心配する必要はありません。
一方で、悪夢が何度も繰り返され、睡眠や日中の生活に支障が出ている場合には、一人で耐え続ける必要もありません。
医師や心理士などの専門家に相談することで、自分に適した治療法を見つけられる可能性があります。
夢の中で起きる出来事を完全に選ぶことは難しくても、悪夢に対して何もできないわけではないのです。
参考文献
4 Ways to Identify a Nightmare (and 4 Things to Do About It)
https://www.psychologytoday.com/us/blog/mapping-your-mental-health-journey/202605/4-ways-to-identify-a-nightmare-and-4-things-to-do
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

