第108回全国高校野球選手権が開幕した。
初日である5日、開会式直後に行われた唯一の試合は、仙台育英が札幌日大を3-1の接戦の末に下した。優勝候補の一つとの呼び声高い仙台育英だったが、「辛くも逃げ切った」という印象のゲームだった。
「被安打数以上に追い込まれている粘り強さみたいなものを感じました。緊張感のある試合をさせてもらったと思います」
仙台育英・須江航監督の言葉は、この試合の難しさを物語っていた。
開幕戦には大会の方向性の一端を示す道標としての要素もあるが、この試合はどこか不思議なゲームだった。
仙台育英は8安打を放つも終始攻めている様子はなく、一方の札幌日大は10四死球を得ながらも好機を生かせなかった。どちらが優勢なのかわからない状態が、いつまでも続く試合であった。
少し気になったのは仙台育英の攻め方だった。近年の仙台育英が甲子園で見せてきた野球は、洗練された緻密な野球だった。ポテンシャルの高い選手が多いのは事実だが、甲子園で勝つための戦術にも徹してきた。あらゆる打順の選手がどんな作戦にも対応できる。送りバント、エンドラン、スクイズ、ダブルスチール、セーフティスクイズ。そんな印象だった。須江監督がかつて中学軟式野球界の名将だったことも少なからず影響していただろう。
しかし、この日はその印象が薄かった。初回は3番の丹羽裕聖が四球で出塁したものの、全てフライで3つのアウトを献上した。
2回には先頭の高岡龍一が敵失で出塁した後、6番の有本豪琉は遊撃ゴロの併殺打。手堅い戦術の印象は完全に崩れた。
一方で3回裏の先制点は二死から1番の小久保颯弥の長打(右翼線二塁打)から後続の短打が適時打に。これも珍しく映った。
そして、4回裏には主砲・田山纏が豪快に振り抜いて右翼ソロ本塁打。新しい野球が仙台育英に生まれているかのようだった。
しかし須江監督にそれを問うと、指揮官はこれをはっきり否定した。
「いや、まだ(このチームは)発展途上なので。下級生が多いということは、そんなに完成度なんてないわけですよ、基本的に。でも各々の長所に関しては振り切ってます。長所だけでは勝負にならないから、ケースケースで長所に寄せた攻撃をしている。グリーンライトでスチールみたいなのもあったし、エンドランもあったんですけど、ショートゴロゲッツーとかファウルとか何回かあって」
作戦がうまくはまらなかっただけで、決してかつての仙台育英野球を転換したわけではないという。
そもそもこの日はディフェンシブなオーダーを組んでいて、打てないことを想定して試合に臨んでいたのだとも、須江監督は話している。
事実、6回裏に、1死三塁で5番・高岡を迎えた場面でスクイズを敢行している。これは失敗に終わったが、須江監督のやりたい野球は、そこに存在していた。
須江監督は言う。
「何が何でも点数を取りに行かなくちゃいけないシーンだったので、シンプルに向こうも「するか・しないか」の二択じゃなくて「いつするか」と考えていたと思うんですよ。でも初球の入りを見て、バッターで勝負するみたいな感じだったので2球目に判断したんですけど、インローにスライダーがきて決めれなかった。そこは僕のミスですね。確実にロースコアになる試合なので、この 1点を取りに行かないで逆転されて敗退するということだけは避けなくちゃいけないという考えがあって、そう判断しましたね」
二死二塁からスクイズを成功できなかった高岡が、8回裏の適時打を生んだのはなんとも皮肉だった。
一方の札幌日大が攻めきれなかったのもまた事実だった。10四死球を得ながら押し出死球の1点のみというのは悔やまれる。象徴的なのは9回表、先頭から2者連続で四球を得ると2番・野川咲空は1ボールからの2球目に送りバントを決めた。アウトをあっさり相手に献上したのは意外だった。
続く3番・川合は空振り三振。4番の前田は投手ゴロに倒れてゲームセット。後一歩届かなかった。
札幌日大・森本琢朗監督は試合全体の作戦についてこう細かに説明した。
「バントの精度があるバッターなのか、そうじゃないのか、それはこちらにしかわからない話なので、周りの方はケースだけで話されると思うんですけど、こちらはそのバッターの特徴とかを踏まえた上で作戦は考えています。9回の場面は3、4番の川井、前田という2人はうちが一番信頼を置いているので託そうと思いました。もし打順の巡りが違うと作戦は変わってたと思います」
話は前後するが、森本監督は6回表にも無死1、2塁で前田に送りバントを命じている。スクイズが成功しない場面もあったが、その思惑は指揮官にしか分からないものだった。
この試合が不思議なゲームだったのは、仙台育英がウリである作戦の緻密さが薄れながらも得点をあげ、一方の札幌日大は10四死球を得て走者を確実に進める戦術を選択しながらも得点を挙げられなかったからだろう。
発展途上の中で生まれた仙台育英の野球が結果的に試合を制した。須江監督は「歯車がかまないところを選手の能力で押し切ってくれたみたいな感じですね」と笑ったが、本来目指すべき野球はどちらなのか。
開幕試合は大会の道標と冒頭に書いたが、戦術ありきであるべきなのか、個性の力を信じるべきなのかを投げかけた試合に見えた。
取材・文●氏原英明(ベースボールジャーナリスト)
【著者プロフィール】
うじはら・ひであき/1977年生まれ。日本のプロ・アマを取材するベースボールジャーナリスト。『スラッガー』をはじめ、数々のウェブ媒体などでも活躍を続ける。近著に『甲子園は通過点です』(新潮社)、『baseballアスリートたちの限界突破』(青志社)がある。ライターの傍ら、音声アプリ「Voicy」のパーソナリティーを務め、YouTubeチャンネルも開設している。
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