カナダのトロントで8月2日から開催中の、テニスWTAツアー公式戦「ナショナルバンク・オープン」。女子シングルス2回戦で大坂なおみは、ハンガリーの選手を6-2・6-4で退け、ベスト32に進出した。彼女の同大会出場は3年連続8度目。昨年は準優勝しているだけに、念願の優勝に向けての快進撃が期待されている。
そんな大坂の発言が、テニス界の根幹を揺るがせたことがある。2021年5月末。伝統と格式を誇るテニスの四大大会「全仏オープン」開幕直前のことだった。突如、自身のSNSで衝撃の宣言を行った。
〈今大会中、一切の記者会見を行わない〉
そしてその理由を、こう綴ったのである。
〈これまで記者会見に参加したり見たりし、アスリートの心の健康状態が無視されていると感じていた。自分を疑うような人の前には出たくない〉
テニス界では勝敗にかかわらず、試合後のメディア対応が義務付けられている。つまり大坂はその慣例に、真っ向から異を唱えたというわけだ。
〈何度も同じような質問をされ、疑念を抱く質問を受けることも多い。敗戦後の会見場で泣き崩れる選手を映像で見てきた〉
精神的な負担をそう強調した彼女は、さらに会見拒否で罰金が科されるテニス界の通例をも批判。
〈「会見するか、さもなくば罰金だ」と言う統括組織は、選手の心の健康状態を無視している〉
そして、全仏で払う高額な罰金が心の健康維持の慈善活動に寄付されることを願う、と組織批判ともとれる心情を爆発させたのである。
この発信が世界を駆け抜けると、女子テニス協会(WTA)は、心の健康を重視しつつも「プロ選手には競技とファンに対する責任がある」との声明を発表。フランステニス連盟(FFT)のジル・モレトン会長も「とんでもない間違い」と厳しく断じ、往年のOB・OGたちが追随した。
「プロスポーツ選手にとってメディア対応は興行を支える重要な仕事の一部であり、特権的なルール違反だ」
「不満があるからと、対話ではなく一方的にボイコットするのは、やり方が違う」
「鬱病に苦しんだ」告白でツアーから一時離脱
一方でスポーツ界からは、大坂を擁護する意見も出た。
「アスリートも人間。過度なプレッシャーやメンタルヘルスの危機から身を守るのは当然の権利」
というもので、彼女の勇気ある問題提起を支持したのである。
とはいえ、大坂を規約違反とみなした大会側は、彼女の1万5000ドルの罰金を科し、さらなる処分を示唆。大坂は初戦を勝利した直後、大会棄権を発表した。
そして大坂は2018年の全米オープン制覇以降、長く鬱病に苦しんできたという衝撃的な事実を告白し、ツアーからの一時離脱を余儀なくされることになったのである。
勝者であれ敗者であれ、選手にもプライバシーと共感を――。騒動から時間を経た今もなお、彼女が残した大きな波紋は、勝利至上主義であるスポーツとメディア、そしてエンターテインメントのあり方について重い課題を投げかけている。
(山川敦司)

