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「世代論」で読むプロ野球〈大谷・誠也世代〉(2)21世紀最高の夏の甲子園投手

「世代論」で読むプロ野球〈大谷・誠也世代〉(2)21世紀最高の夏の甲子園投手

 夏の甲子園だけに限って、21世紀最高の投手は誰か─。この問いに対して、12年の藤浪晋太郎の名前を挙げたい。

 もちろん、候補は何人もいる。06年の斎藤佑樹と田中将大、16年の今井達也など。甲子園には、その夏だけ神話になる投手がいる。だが「支配力」「完成度」「勝ち切り方」「相手の質」「高校最後の到達点」を総合すると、かつての桑田真澄・松坂大輔に並んで12年夏の藤浪はひとつ抜けている。

 数字がまず異常だった。大阪桐蔭はこの夏、5試合を戦い、藤浪はそのうち4試合に登板してすべて完投。36回を投げて49奪三振、防御率0.50。準決勝と決勝は2試合連続の2安打完封だった。

「甲子園は(スピード)ガンが出やすい。150キロぐらいは出ると思うので球速より球質を意識したい。伸びとキレを重視しています」(スポルティーバ・12年8月24日)と藤浪自身が話すように、バランスよく投げた結果、大舞台で最高のパフォーマンスを残す。

 内容を見ても、準々決勝から徐々に調子を上げていき、準決勝の明徳義塾戦と決勝の光星学院戦では完封。春夏連覇に導いた。準決勝で対戦した馬淵史郎監督は、「藤浪君は球威があった。かき回すにも、塁に出られなかった」(プレジデントオンライン・24年7月23日)と白旗を揚げたコメントを残した。

 特に決勝の投球は、甲子園史に残る完成度だった。相手は春のセンバツ決勝でも戦った光星学院(現・八戸学院光星)。田村龍弘、北條史也ら、のちにプロ入りする選手を擁した強力打線である。その相手を、藤浪はわずか2安打に封じ、14三振を奪った。防御率0.50、奪三振率12.25という内容だった。

 しかも、ただ三振を奪っただけではない。9回には決勝史上最速の153キロを計測した。決勝で対戦した田村は「フォームに力が抜けていて、ボールも手元で伸びるようになっていた。春よりも格段によくなっていると思います」(スポルティーバ)と藤浪の成長を感じていた。

 普通、高校生投手は大会終盤に疲弊する。連投、炎天下、満員の甲子園、優勝の重圧。球速は落ち、制球は乱れ、気力で最後をしのぐ投手が多い。ところが藤浪は、最後の最後で最も速い球を投げた。あの夏の藤浪には、消耗していく投手ではなく、トーナメントの深部に進むほど強くなる王者の怖さがあった。

 21世紀の夏の甲子園で「最高」と言いたくなる理由は、そこにある。12年夏の藤浪には、悲壮感よりも制圧感があった。追い込まれて燃える投手ではなく、最初から最後まで大会全体を上から押さえ込んでいた。

 加えて、大阪桐蔭の強さが藤浪の価値を薄めていないところも重要だ。強力打線があり、澤田圭佑という好投手も控えていた。だから「藤浪一人のチーム」ではなかった。にもかかわらず、大会の記憶を最後に支配したのは藤浪だった。

 強いチームのエースが、強い相手に、強いまま優勝する。これは案外、甲子園では難しい。ドラマはしばしば、弱さや危うさから生まれる。しかし藤浪は、ドラマではなく完成度で観客を黙らせた。

 だから12年夏の藤浪は、「高校野球らしい投手」というより、「プロの未来を先取りした投手」だった。2メートル近い長身、150キロ台の直球、角度のある変化球、最後まで落ちない出力。春に大谷翔平との直接対決を制し、夏に全国を制圧した藤浪は、この世代の最初の基準線だった。

 のちに大谷が野球の常識を世界で壊し、鈴木誠也がメジャーで右打者の価値を示したとしても、12年夏の甲子園という一点に限れば、頂点にいたのは藤浪晋太郎である。

 あの夏の彼は、単なる優勝投手ではなかった。21世紀の夏の甲子園が生んだ、最も完成されたエースだった。

ゴジキ:野球評論家・著作家。「データで読む甲子園の怪物たち」(集英社新書)ほか著書多数。「マネジメント術で読むプロ野球監督論」(光文社新書)が重版出来。発売前から重版となった最新刊「システムで読む甲子園」(カンゼン)が絶賛発売中。Yahoo! ニュースエキスパート。

配信元: アサ芸プラス

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