まもなくお盆の季節がやってくる。親友だった談志が逝って15年。まったく早いもんだなぁ。
盆とはいえ、仲間の墓参りなんぞに律儀に行ってたらこの暑さだ。とてもじゃないが身が持たねぇ。卒寿とはいえ、まだまだ人生これからよ。うっかり死ぬわけにはいかねぇんだよ。わっはっは。
まあ、そうは言っても大恩人の談志だ。代わりと言っちゃあなんだが、俺は今でも1日1回は談志の話をするようにしているんだ。昨日もウチのカミさんに、
「談志は、ここの豆腐が好きだったよな」
なんて言いながら、旨い酒を飲んだ。こうして思い出すことが供養ってもんだろうよ。もしかすると俺ん中で奴さんはまだ死んでないのかもしれねぇな。
で、なんの噺だい。そうだ、前回は奴さんの趣味は事もあろうに貯金。江戸っ子の風上にもおけねぇなんてことを話したが、今回はところがどっこい、という噺をしようじゃないか。
あれは奴が真打になって、テレビやラジオに引っ張りだこになり始めた頃さ。奴さんのファンのご主人が新宿の自分の店で落語会を開くことになったんだ。
ところがその当日、客がからっきし入らない。なんてったって客席50人のところに、「ひー、ふー、みー」と数えるばかり。客は10人も来ちゃいなかった。
それでも談志は手を抜くこともなく二席、みっちりいい噺を聴かせやがった。
これにはご主人もいたく感激してね。謝礼に用意していた30〜40万円をポンと手渡した。するってぇと談志の奴は何も言わずに封筒を突っ返しやがったんだ。
奴さんに言わせりゃ、お客1人から2000円もらったとしても、たかが知れてる。
呼んでくれたご主人をガッカリさせたくなかったんだろうな。
「師匠、謝礼を受け取らなかったんですよ」
ご主人は感極まった顔をして俺に話してくれたっけ。そういう芸人、あまり聞いたことがねぇなぁ。
その一方でこんなこともあったな。あれは今から50年以上前の話だ。とある寿司屋の開店祝いに呼ばれた談志は、オレを一緒に連れてった。談志が小噺、俺も馬鹿話のひとつもして帰ろうとした時のことだ。奴さん、俺のご祝儀が1万円だったことを知り、すぐさま店に引き返し、戸をガラガラッと開けた。
「テメェ、こいつに1万円とはどういう了見だい!!」
そういって俺の1万円を突っ返し、青筋立てて怒鳴り散らしたんだ。
するってぇと寿司屋の主人もびっくり仰天。這いつくばって謝った。それでも談志は許さなかったね。
「ツレはまだ、この世界じゃ売れてねぇかもしれねぇけどオレが連れてきたダチ公だぞ。そいつに1万円はねぇだろ」
ここだけの話、俺は1万円でも欲しかったわけよ。まあ、ここは奴の顔を立てて引き下がったというわけさ(笑)。
おそらく奴さんは20〜30万円はもらったはずさ。でも、俺のためにこんなに怒ってくれるなんてな、いやァあの時は嬉しかったねぇ。
実はこの話には続きがある。その後、俺が舞台に上がるたびにその寿司屋の主人は楽屋に挨拶にやってくる。しかも、俺の前に座って深々と頭を下げ、特上寿司とご祝儀を差し入れてくれるんだよ。かえって高くついちまったって話さ(笑)。やっぱりケチッたらダメだねぇ。
ケチだケチだと言われる談志だが、筋が通らない銭はビタ一文受け取らない。啖呵も切れば喧嘩もする。それが、立川談志っていう漢おとこなのさ。
毒蝮三太夫(どくまむし・さんだゆう)1936年生まれ。石井伊吉(本名)で「ウルトラマン」(TBS系)などに出演。「笑点」(日本テレビ系)2代目座布団運びでの出演を機に現在の芸名に改名。69年より出演を続ける「ミュージックプレゼント」(TBSラジオ)のほか、ユーチューブ「マムちゃんねる」でも現役で活動中

