野村克也が放った打球はバックスクリーンにグングン伸びて小さくなり、中段に消えて行った。
逆転サヨナラ満塁本塁打である。とてつもなく大きな一発だった。本塁を踏んだ野村は興奮しながらこう言った。
「ホンマにえらいこっちゃ」
野球はツーアウトから─。ゲームセットまで勝負の行方はわからない。長嶋茂雄はこう表現したほど。
「勝負は家に帰って風呂に入るまでわかりません」
その典型的な試合が、1966年5月14日に大阪球場で開催された南海(現ソフトバンク)対阪急(現オリックス)の第8回戦だった。
急 0 4 0 0 2 0 1 0 0=7
南 0 0 0 0 0 2 0 0 7 ×=9
9回表、阪急の攻撃が終わった時点でスコアは7対2。阪急が大きくリードしていた。当日の観衆は8600人。消化試合さながらに半ば義務として残された南海の攻撃だった。というのも、マウンドに立っていたのは阪急のエース・足立光宏だったのだ。
すでに、スタンドの出入り口には観客の列ができ、ファンの大半は腰を浮かしていた。
先頭の杉山光平が左翼線の二塁打で出塁したのもつかの間、広瀬叔功、小池兼司が凡退してたちまち二死となった。
勝負ありか─。残った観客は約2000人。だが、南海はここから驚異的な粘り腰を見せた。
森下整鎮が三塁内野安打で出塁。ランナー一、三塁とし、代打の穴吹義雄が遊撃内野安打で1点を返した。そして、なおランナー一、二塁として南海の攻撃は続く。
堀込基明、樋口正蔵が連続安打して7対5に追い上げた。依然として一、二塁である。
さすがに、阪急監督の西本幸雄が動いた。足立からベテランの梶本隆夫にスイッチしたのだ。しかし、試合の流れは完全に南海に奪われた。それも、激流である。
梶本はジャック・ブルームに四球を与えて満塁となった。4番の野村を迎えて再び西本が動いた。これまたベテランの石井茂雄をマウンドに送り込んだのだ。しかし、2人はウオームアップ不足だった。
ボール、ボール、ボール、ストライクとボール球が先行。後がないだけに必ずストライクがくる。野村の読み通りだった。5球目の真ん中の速球を振りぬいた。野村にとって6本目の満塁弾となった。
二死後からの6打者がすべて得点を記録した。
「ワシまで回ってきたら、逆転ホーマーで勝つのと違うかと、冗談を言うてたんや。ホンマになりよった。ワンスリーになった時、オレの勝ちやと思った」
この年、鶴岡一人が率いる南海はリーグ3連覇を果たした。
2日前の大阪球場での西鉄(現西武)戦では田中勉に球団史上初の完全試合を食らったばかりだったが、その屈辱をナインの底力と野村の一発で吹き飛ばした。これこそ鶴岡南海の強みだった。
二死後からの7得点はNPB最多記録である。
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別所毅彦は27人目の打者・神崎安隆が必死で当てた打球の行方を追った。祈るような思いだった。その結果は─。
1952年6月15日、難波(大阪)球場での松竹(現DeNA)対巨人11回戦は午後7時から始まった。
巨人の先発は豪腕の別所だ。29歳と脂が乗ったエースである。
試合は巨人打線が爆発した。川上哲治が大活躍して一方的な展開となった。
巨 3 0 0 1 0 5 0 0 0=9
松 0 0 0 0 0 0 0 0 0=0
試合への興味は早々に薄れて、1万5000人観衆の目は別所に注がれた。
別所は6月7日に通算1000奪三振を達成したばかり。絶好調だった。
完全試合ペースで9回裏までたどり着いた。松竹ベンチは代打に野草義輝を送って二ゴロ、続いた田所重蔵は投ゴロに倒れて二死となった。
あと1人で大記録だ。巨人では2年前の50年に藤本英雄が日本プロ野球史上初の完全試合を達成している。
松竹を率いる新田恭一は、ここで再び代打起用に踏み切った。名前を呼ばれたのは、松竹に入って2年目の神崎だ。広島・盈進商業高校出身の19歳。ポジションは捕手で、直前までブルペンで出番を控えた投手の球を受けていた。
この時点で、プロで1本もヒットを打っていなかった。ただし、俊足である。
打席でセーフティバントを2回試みた。2本ともファールになったがその後に粘った。
フルカウントからの6球目、神崎はとにもかくにもバットに当てた。打球は遊撃手の平井三郎の前に転がった。
関西地方は前夜から雨が降り続き、試合も小雨の中でのプレーだった。グラウンドの土はぬかるんで柔らかい。ボテボテの球足は遅かった。
平井が捕球して一塁に送球したが、神崎の足が間一髪速かった。セーフだ。
神崎は51、52年に松竹に在籍、53年は大洋松竹に移籍したが一軍での出番はなく、54年に広島でプレーした。
実働3年間で21試合に出場し9打数1安打、打率は1割1分1厘だ。
別所は次打者の綱島新八を三振に仕留めている。
神崎の通算9打数のたった1本のヒットが別所の夢を打ち砕いたのだ。
別所は通算310勝(178敗)を挙げてプロ野球史上最多勝5位だ。ノーヒットノーランを1度記録しているが、そんな大投手でも完全試合はやっていない。
以来、「あの時、アウトになっていればなあ‥‥」という思いが胸の内でくすぶっていたのかもしれない。
(敬称略)
猪狩雷太(いかり・らいた)スポーツライター。スポーツ紙のプロ野球担当記者、デスクなどを通して約40年、取材と執筆に携わる。野球界の裏側を描いた著書あり。

