
俳優ブラッドリー・クーパーの長編映画監督作3作目となる映画「これって生きてる?」(2026年)は、夫婦生活の終わりに打ちひしがれた中年男性アレックス(ウィル・アーネット)が主人公。アレックスが新しい生きがいを見つけ、その先にあった思いがけない人生が描かれる。(以下、ネタバレを含みます)
■クーパー監督が実話を基にした映画化
「ハングオーバー!消えた花ムコと史上最悪の二日酔い」(2009年)でブレイクし、「世界にひとつのプレイブック」(2012年)、「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」(2014年ほか※声の出演)シリーズなど、俳優として第一線で活躍するクーパー。
長編監督デビューとなった「アリー/スター誕生」(2018年)は、主演、製作、共同脚本も務め、第91回アカデミー賞で作品賞、主演男優賞ほか全8部門にノミネート。W主演したレディー・ガガと歌った劇中歌「シャロウ」が歌曲賞に輝いた。続く監督2作目の世界的指揮者・作曲家のレナード・バーンスタインを描いた「マエストロ:その音楽と愛と」(2023年)も第96回アカデミー賞で計7部門にノミネートされた。
そして3作目の長編映画となった今作。アカデミー賞の受賞・ノミネートこそなかったものの、クーパーの手腕が光る秀作だ。
製作のきっかけはクーパーの30年来の友人で、今回主演を務めたアーネットが、イギリスのコメディアン、ジョン・ビショップの実話を聞いたこと。それを「マエストロ―」の撮影中だったクーパーに伝え、映画化へ向けて動き出したという。クーパーも本作に主人公の親友役で出演した。
■離婚間近の主人公がスタンダップコメディーに出合う
20年連れ添った妻・テス(ローラ・ダーン)から「もう終わりにすべきよね」と告げられたアレックス。「俺もそう思う」と同意して、ひとまず別居へと進んだものの、気持ちは沈んでいた。
そんなとき、一杯飲みたいと通りがかった店の前に立つ。ドアマンに「席料15ドル」と言われて驚くと、そこはスタンダップコメディーを見るコメディークラブだった。持ち合わせがなかったアレックスだが、ステージに立つ出演者となれば席料が必要ないと知ると、出演者リストに名前を書き込んで入店した。
自分の順番が回ってくるアレックス。「ジョークはあまり知らない」と恐る恐る話しだし、悩んだ揚げ句に、離婚を控えている自身のことをポツリポツリと話していくと、観客にウケた。それがアレックスを変えていく。
スタンダップコメディーはアメリカで発展したお笑いスタイルで、ステージに立ち、話芸で観客を笑わせるというもの。話す内容は、日常のことから社会風刺まで幅広いテーマでユーモアを交えて切り込む。特に、ニューヨークの街には数多くのコメディークラブがあり、地域の文化として根付いている。

■アーネットの表現力とクーパーの演出力が光る
冒頭、小学生の息子たちの学校のイベントに参加しているアレックスだが、華やかな龍の出し物が披露されている中で、会場の隅っこでうつろな目をしているのが印象的だった。その後、別居で移り住んだ部屋に泊まりに来た息子たちの洗濯物を畳みながら、独りであることを痛感したのか、涙をこらえきれないアレックス。たまらず妻と息子たちがいる家に向かうが、中には入れない。その帰り道、車中でスタンダップ芸を練習し、再びステージに立つ。
コメディークラブの出演者たちは、2度目のステージに立ったアレックスに「ヘタだから戻ってくるとは思わなかった」という趣旨の言葉を包み隠さず投げ掛ける。しかし、出演者たちと語り合うアレックスの顔は明るい。冒頭の沈んだ顔、そして1度目のステージでのオドオドした感じからの変化。演じるアーネットの表現力に目を見張る。
息子たちに「目標を持つべきだ」と言われたアレックスだが、スタンダップでウケることが“目標”になる。アレックスの心を表すようにしんと静まり返っていた一人暮らしの部屋が、スタンダップの練習場となり、次第に光が差し込んでいく。カメラワークなどクーパーの演出術が光るところだ。
■主人公夫婦が迎える余韻に満ちたラスト
夫婦で付き合いのある親友ボールズ(クーパー)から、テスに新しい男性の影があることをほのめかされたアレックス。気持ちをスタンダップにぶつけ、初めこそ笑いをとっていたものの、だんだん言葉に詰まっていき、仲間のヤジに助けられる。
そんな中、オープンマイクといわれる飛び入り参加型ではなく、正式なオファーを受け、10分間のステージに立つチャンスが巡ってくる。意気込みつつも緊張しながら立ったステージで、アレックスは別の女性と関係を持ったことを明かし、さらにテスとの性生活を含む夫婦ネタへとトークを広げていった。
笑い声が上がる客席だったが、そこには偶然テスがいた。かつてバレーボール選手だった彼女は、人生の新たな一歩としてコーチになることを考えていて、そのために会った古い知り合いの男性と食事の後に来場していたのだ。そこで、テスは思いがけない反応を見せる。
破綻に向かう夫婦のすれ違いと揺れ動く気持ち。アレックスの父親のせりふで「中年の危機」と登場するが、自分たちに訪れたその危機にアレックス、そしてテスも向き合っていく。
アレックスにとって、スタンダップで胸の内を語ることがセラピーにもなっていく。同時に、その内容を通して彼の心情が浮かび上がる。大きな事件や事故によって人生がガラリと変わる物語ではない。けれども、誰にでも訪れ得る人生中盤の葛藤や不安、そして幸せな結婚生活の中で、いつしか失っていたものを丁寧に描き出している。それがリアルで、ドラマチックでもある。
原題の「Is This Thing On?」は、マイクなど音響機器がオンになっているか確かめるときに「このマイク、入ってる?」というように使われる言葉。スタンダップのステージでもおなじみのフレーズだ。再び人生のスイッチが“On”になったアレックスたちが見つける、新たな生き方と愛の形。大人だからこそ分かる物語を見終えた後、静かな余韻に包まれるはずだ。
「これって生きてる?」は、ディズニープラス スターで配信中。
◆文=ザテレビジョンシネマ部

