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映像ディレクター・佐々木敦規の「お台場ハチャメチャ青春記」〈第1回〉(3)ももクロはピンチを楽しんだ

映像ディレクター・佐々木敦規の「お台場ハチャメチャ青春記」〈第1回〉(3)ももクロはピンチを楽しんだ

 ももクロの人気爆発とともに、ライブの規模も年々拡大していく。10年12月の日本青年館では満員となる1200人が結集。翌年の「ももいろクリスマス2011」はさいたまスーパーアリーナに1万人を集め、12年「ももクロ春の一大事2012~横浜アリーナまさかの2DAYS」では2日間合計2万5000人の動員に成功した。西武ドーム、日本武道館と大会場をことごとく満員にし、同年末には悲願の紅白歌合戦に初出場を果たした。

「ももクロのライブは倍々ゲームで会場の規模がデカくなったんですけど、僕は常に不安でした。テレビは『フレームの中の画』をどう面白くするかが勝負だけど、ライブはほぼ360度、あらゆる角度から観られる中で観客を満足させられるか。自分の経験値ではついていけないのは自覚してましたけど、目の前には僕より経験値のない彼女たちが、主役を務めるために懸命に練習して、僕の次の指示を待っている。ここで僕がビビッてたじろぐような姿なんて絶対に見せられなかった。信頼するスタッフにも支えられながらどうにかやってきて、最大の難関の日産スタジアムを迎えることになったんです」

 当初はアリーナの花道を四方に延ばして、彼女たちを走り回らせる構想だったが、前述の通り、芝生の上に花道は作れないために却下。だが、ここからが佐々木の真骨頂だ。

「芝生の上でのライブはダメでも、“サッカーの試合”ならできるよね?」

 スタジアム側に確認を取ると、「それなら大丈夫です」との返事。早速、佐々木は、北澤豪や福田正博ら元日本代表に声をかけ、サッカーの試合を敢行した。

 さらに「陸上のトラックも使おう」と武井壮を招き、ももクロメンバーの中でも身体能力の高い百田夏菜子との100メートル対決を行った(武井が20メートルのハンデをものともせず勝利)。

「『芝生に降りられないなら上空だ』と昔、五輪開会式(84年ロス五輪)に飛んでいたロケットマンを呼べないかと調べたら、その息子が現役でやってて飛びに来てくれましたよ(笑)」

 だが、ボツになったものもあった。

「ピッチの上に橋を架けたらどうかと思ったんです。これは『太陽が当たる時間に、そこだけ影ができてしまうので芝生によくない』とスタジアム側からNGでした。あと、橋を架ける時に使われる戦車を思い出して、調べたらイギリス軍のもので『輸送費だけで3億円』とわかって、これもNGでした」

 あらゆるアイディアをひねり出した結果、芝生立ち入り禁止の悪条件を逆に利用した「音楽とスポーツの祭典」が完成した。

 オープニングを振り返ってみる。日本選手団風の紅白の衣装に身を包んだももクロが川上マネージャーから聖火リレーを手渡され、サプライズゲストの布袋寅泰が「君が代」を演奏。さらに布袋自身が作曲したももクロの「サラバ、愛しき悲しみたちよ」が流れ、観客に火がつく――。

 その後、ももクロのライブの合間にサッカーの試合、フルマラソン、短距離走対決など、随所にスポーツの要素を入れつつ、演者も観客も頭が空っぽになった大騒ぎは4時間半に及ぶ。「ももクロ夏のバカ騒ぎ WORLD SUMMERDIVE 日産スタジアム大会」は大盛況で幕を閉じた。

 終演後、報道陣の取材に百田はこうコメントした。

「アイドル、スポーツ、音楽の融合ですよ! ももクロが新しいところに入ったんですよ! さて、あなたはついて来れるかな?」

 まるで次の展開への期待を煽る、プロレスラーのマイクパフォーマンスだ。

 佐々木はこう述懐する。

「彼女たちに『次の日産スタジアムは芝生にお客さんは入らない』と説明したら『えー!』って言いながらも笑うんです。ピンチも笑いながら楽しんで乗り越えて1公演ごとに成長していきました」

 翌14年、ももクロは国立競技場に2日間で11万人を動員した「ももクロ春の一大事2014国立競技場大会」を成功させた。佐々木が初めてライブ演出を手掛けた日本青年館からわずか4年間で、日本一の動員力を誇る女性グループに成長したのだ。

 これによって佐々木も「ももクロライブの演出家」として名を馳せ、その後のビッグイベントを手掛けるようになっていくのだが、それはこれからの連載で詳述しよう。

「チャレンジしてみるってすごい大事ですよね。『楽しくなければテレビじゃない』時代には、現場でたくさん無茶ぶりもされましたけど『無理です』と答えたことは僕の人生で1回もなかった。『とにかく何とかする』という経験をたくさん積んできたことが、ももクロのライブ演出でも生かせた。その意味で無茶ぶりも貴重な経験、いっぱいできて感謝です。今はコンプラ違反になるから、そもそもチャレンジするのもダメ。当時の映像で『今の時代は放送できないもの』はたくさんあります」

 佐々木はテレビが娯楽の中心だった時代に、“面白さ至上主義”ゆえのハチャメチャな制作現場でキャリアを磨いてきた。今では考えられないような数々のトラブルやハプニングを経験した、最後の世代なのだ。

佐々木敦規(ささき・あつのり)1967年生まれ。演出家・映像ディレクター。フィルムデザインワークス取締役。「ビートたけしのお笑いウルトラクイズ!!」「とんねるずのみなさんのおかげでした」「IPPON GP」などのバラエティー、K-1やプロレスなど格闘技番組の演出を経て、ももクロのステージ演出を手掛ける。

取材・構成/茂田浩司(ライター&編集者)

配信元: アサ芸プラス

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