
『火垂るの墓』場面カット(C)野坂昭如/新潮社, 1988
【画像】え、「ここか」「重要シーンじゃん」 コチラが『火垂るの墓』公開時の「線画」で描かれた場面です
「公開に間に合わなくていいんですよ」
高畑勲監督によるスタジオジブリ制作の映画『火垂るの墓』が、2026年7月15日よりNetflixにて再び配信されています。第二次世界大戦末期の兵庫県を舞台に、空襲で親と家を失った「清太」と「節子」の兄妹の姿を描いた物語です。
1988年4月16日に宮崎駿監督の『となりのトトロ』と、二本立てで公開された『火垂るの墓』は、徹底したリアリズムと高い完成度を追い求める高畑監督の妥協しない姿勢によって制作スケジュールは遅れに遅れ、ついに公開に間に合わなくなってしまったエピソードはよく知られています。パニックになる現場のなかで、高畑監督は悠然と「公開に間に合わなくていいんですよ」と言い、若いスタッフを驚かせたそうです。
結局、いくつかのシーンが彩色されない線画のまま、映画は公開されました。どの場面が線画のまま公開されたのかについては、寺越陽子さんの著書『高畑勲と「火垂るの墓」 「幻の脚本」と「7冊の構想ノートを読み解く」』(新潮社)に、詳しく記されています。
当時のスタッフの証言によると、当初はなんと30カット以上を線画にするという話が進んでいたそうです。しかし、スタッフによる懸命の作業で減っていき、最終的には数カットにまで絞られていきます。
線画のまま公開されたのは、合計三つの場面です。線画のまま公開されたフィルムは長年存在しないとされていましたが、2025年にスタジオジブリの倉庫で発見されています。
ひとつ目は、清太がサトウキビ畑で泥棒しようとすると農家の男が現れて蹴り倒された後、清太が弁解しながら必死に逃げようとするカットと、横穴の外に引きずり出された清太が派出所に連れていかれる背後で節子が「兄ちゃん、兄ちゃん」と叫ぶカットです。
ふたつ目は、空襲の最中に泥棒をした清太が、身にまとっていた着物を投げ捨てて水際で顔を洗うカットでした。
そして3つ目が、亡くなった節子を荼毘に付すために行李に入れた後、マッチを擦って火をつけるカットです。火を見つめる清太には淡く彩色がされていましたが、火が燃え盛るカットでは再び線画に戻ります。
高畑監督は、どのカットを線画のままにすればいいかを考え抜いていました。後に当時を振り返って、次のように語っています。
「どうやったら(映画として)格好がつくか、カットを選んだんですよ。(中略)そういうのは自分の中で見通しがついていたから、そんなにドキドキもしなかったですね。うまくいくに決まっていると思っていたから」(前掲書より)
実際、公開当時の観客や批評家によると、ひとつ目の清太への生々しい暴力が描かれたカットと、3つ目の節子を焼く炎のカットが線画で表現されることによって、鮮烈な印象を残すカットになっていたそうです。
どこまでも精緻に作品を作り上げる高畑監督の執念に近いこだわりは、彩色が間に合わなかった線画の部分にまで行き届いていました。そして線画という表現の探求は、手描きの線を存分に生かした遺作『かぐや姫の物語』(2013年)へと結実していきます。
