
最近、作家の東野圭吾さんが大腸がんで亡くなったと報じられ、この病気に改めて関心を持った人もいるでしょう。
大腸がんは決して珍しい病気ではなく、日本では男女を合わせた罹患数(新たにがんと診断された人の数)が最も多く、死亡数も肺がんに次いで2番目に多いがんです。
これほど多くの人が発症する病気だからこそ、何が発症に関わり、日々の生活からどこまで予防できるのかは、私たちにとって身近な問題です。
これまでの研究では、肉類や加工肉、脂肪が多く、食物繊維が少ない「西洋型の食事」が、大腸がんのリスクと関連することが指摘されてきました。
また、こうした食事によって腸内細菌の構成や働きが変化することが関連していると考えられていましたが、その具体的な仕組みについては十分に示されていませんでした。
そこで、ドイツ栄養研究所ポツダム・レーブリュッケ(German Institute of Human Nutrition Potsdam-Rehbruecke:DIfE)などの国際研究チームは、ブタの食事実験、人間の便データ、腸内細菌を管理したマウス、人間由来の大腸組織モデルを組み合わせて、腸内細菌と大腸がんの関連について検証しました。
その結果、特定の腸内細菌が作るデオキシコール酸が、大腸腫瘍の発生を後押ししている可能性が示されたという。
この研究の詳細は、2025年12月に科学誌『Gut』にオンライン掲載されています。
目次
- 西洋型の食事と大腸がんをつなぐ腸内細菌の働き
- デオキシコール酸は大腸がんの「原因」なのか
西洋型の食事と大腸がんをつなぐ腸内細菌の働き
これまでの研究では、脂肪や赤肉(red meat:牛肉や豚肉などの哺乳類の肉)、加工肉が多く、食物繊維が少ない「西洋型の食事」が、大腸がんのリスクと関連すると報告されてきました。
また、大腸がん患者や発症リスクの高い人の便では、デオキシコール酸が多い傾向も知られていました。
デオキシコール酸は、脂肪の消化を助けるために体内で作られる胆汁酸を、特定の腸内細菌が加工して作る物質です。
このため、デオキシコール酸が大腸がんの発症に関わっている可能性が考えられていました。
しかし、患者の便で多く見つかるという関連だけでは、デオキシコール酸が腫瘍を促したのか、大腸がんによって腸内環境が変わった結果として増えたのかは分かりません。
そこで研究チームは、食事によって腸内細菌が作るデオキシコール酸が増え、それが大腸の腫瘍形成を後押しするのかを、複数の実験で段階的に検証しました。
最初の実験では、若いうちから大腸にポリープができやすいブタが使用されました。
このブタは、特定の遺伝子変異により大腸がんになりやすい人に近い条件で、食事がポリープの進行に与える影響を調べるために用いられました。
研究チームは実験前にすべてのブタを内視鏡で調べ、すでにあるポリープの数や大きさ、性別などが一方に偏らないよう、2つのグループに分けました。
一方には赤肉と脂肪を多く配合した餌を与え、もう一方には比較用の対照食を与えました。
どちらの食事もこの実験のために設計されたもので、研究チームは各グループに1日約1キログラムの飼料を3カ月間与えました。
その結果、赤肉と脂肪を増やした実験食のグループでは、便中のデオキシコール酸が増えていました。
同じグループでは、大腸の内壁をつくる上皮細胞のうち、増殖している細胞が多くなり、ポリープの数と大きさも増加しました。
ただし、この段階で確認されたのは、デオキシコール酸の増加と大腸の変化が同時に起きたことまでです。
食事によって複数の胆汁酸や腸内細菌が変化しているため、デオキシコール酸だけが直接の原因だったとは判断できません。
そこで別のブタ実験で、赤肉と脂肪を増やした実験食、その実験食にコレスチラミンを加えた食事、赤肉と脂肪を増やしていない比較用の対照食の3条件を比べました。
コレスチラミンは、胆汁酸を腸内で吸着し、便とともに体外へ排出させる薬です。
そしてこの薬を与えたグループでは、赤肉と脂肪を増やした実験食に伴う上皮細胞の増殖の高まりが抑えられていたのです。
この結果から、ブタの大腸で起きた変化には胆汁酸が関わっている可能性が高まりました。
研究チームは次に、大腸がん患者1034人と、対照となる大腸がんではない人たち1108人の便データを解析しました。
その結果、大腸がん患者の便においてクロストリジウム・スシンデンス(Clostridium scindens)などの腸内細菌がデオキシコール酸を作る際に使う遺伝子が、多く見つかりました。
これは、デオキシコール酸を作れる腸内細菌が大腸がん患者に多い可能性を示しています。
そこで研究チームは、腸内細菌を持たない状態で育てたマウスに、同じ基本構成の腸内細菌を定着させ、そのうち一方のグループだけにデオキシコール酸を作れる細菌を加えました。
さらにマウスには高脂肪食を与えた上で、発がん性物質と腸炎を起こす薬を使い、大腸に腫瘍ができやすい状態にしました。
その結果、デオキシコール酸を作れる細菌を加えたマウスでは、大腸腫瘍の数がそうでないマウスと比較して増えていたのです。
さらに、同じ種類の細菌からデオキシコール酸を作る能力だけを失わせると、マウスにできる大腸腫瘍は少なくなりました。
人間の大腸組織を再現した培養モデルでも、デオキシコール酸を作れる細菌の培養液は、作れない細菌の培養液より上皮細胞の増殖を強めていました。
これらの結果から、特定の細菌が存在することだけではなく、その細菌がデオキシコール酸を作る働きが、がんの生じやすい条件下で大腸腫瘍を後押しすることが示されたのです。
デオキシコール酸は大腸がんの「原因」なのか
マウスで主に増えたのは小さな腫瘍で、大きな腫瘍には明確な増加が見られませんでした。
研究チームはこの結果から、デオキシコール酸がすでにできた腫瘍を大きくするより、腫瘍ができ始める段階を促した可能性があると解釈しています。
ただし、デオキシコール酸を作る細菌だけで、健康な大腸に腫瘍が生じるわけではありません。
腫瘍の増加が確認されたのは、遺伝的な要因や炎症などによって、もともと大腸がんが生じやすい状態にした動物でした。
したがって、デオキシコール酸は単独で大腸がんを発生させる原因ではなく、西洋型の食事と腸内細菌を介して、すでに存在する発がんリスクをさらに高める要因だと考えられるのです。
そのため、単純にデオキシコール酸を大腸がんの原因となる悪者のように解釈しないよう注意が必要です。胆汁酸や二次胆汁酸(デオキシコール酸のような胆汁酸から腸内細菌が作る物質)には、腸の状態を保ち、傷んだ組織の再生を助ける働きもあります。
研究チームは、デオキシコール酸を完全になくすのではなく、過剰に作られる状態を抑えることが、将来の予防や治療につながる可能性を指摘しています。
もちろん、今回の研究は直接人間を調べた研究ではないため、そのまま人間に適用できる話であるかはまだ明確ではありません。
今後は、人間を対象とした長期的な食事研究で、今回の結果を確かめる必要があります。
とはいえ、食物繊維を含む食品を増やし、加工肉や赤肉に偏らないようにするという既存の食事上の助言と整合性はある報告なので、大腸がんを警戒するならば、西洋式の食事は控えるよう心がけた方が良いでしょう。
元論文
Secondary bile acid production by gut bacteria promotes Western diet-associated colorectal cancer
https://doi.org/10.1136/gutjnl-2024-332243
ライター
相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。
編集者
ナゾロジー 編集部

