村瀬秀信氏による人気連載「死ぬ前にやっておくべきこと」。野球音源収集家のFPM中嶋をインタビュー(中編)。野球音源に対する熱い思いをたっぷり語っていただいた。
誰も歩かなかった“野球サブカル”の獣道
プロ野球選手がレコードを出すようになって、およそ半世紀。野球まわりのカルチャーはプロ野球ファンの第二の故郷となり、今では選手個人のSNSや写真集、ファンクラブなど、新たな魅力を発信する場面は多様化している。野球レコードの登場は、その始まりであった。
FPM中嶋の人生は野球であり、音楽と共にあった。彼の出自はミュージシャンだ。10代の頃に結成した『東京タワーズ』。岸野雄一、加藤賢崇と共に結成したこのバンドから発展する『京浜兄弟社』。その関西ツアーで訪れた神戸の中古レコード屋で見つけた1枚100円の野球レコードが、中嶋の人生を大きく変えることになる。
「店の扉を開けるとすぐ土間になっているような店……いや、ただの民家ですね。壁際に並んだスチール製の棚に7インチのレコードが乱雑に置かれていて、その中から掘り出し物を探していると『中嶋、野球好きだよね』と阪急の大熊忠義と福本豊『この足で…』を渡されました。歌詞を見て『どうせ、ド演歌だろうな』と思いながらも購入し、帰って聞いてみるとやっぱりド演歌だった。当時の僕が興味を持っている音楽はアメリカやイギリスのニューウェーブと呼ばれるものですから、ブルーウェーブでもない阪急1、2番は音楽的にまったくピンとこないですよ。でも、聴いているうちに味が染みてくる。大熊さんが気持ち良く福本さんを讃える歌に、福本さんの合いの手的なセリフが妙にくせになってしまいましてね。ああ、ニューウェーブが好きな人は他にもたくさんいるんだから、私は野球が好きだし、野球レコードを集めてみるのも面白いかもしれないと思い、この世界に足を踏み入れる決意をしたんですね」
男の人生なんて一枚100円のレコードで変わってしまうものだ。中嶋はその後、原宿にあった文鳥堂書店の店長やら、編集者や文章を書く活動にも勤しみ、2005年には野球サブカル史に燦然と輝く『おしゃれ野球批評』(DAI-X出版)を上梓。若手ライターだった筆者も含め、その後、野球を書くことを生業とする多くの人々に影響を与えるなど、これまで野球界で誰も歩いてこなかった獣道を、ひとり切り拓いてきた。
「いやいや、そんなこと言ったらおこがましいですよ。ただ好きなことや自分の興味のあることをやってきただけです。音楽と野球という二本柱だけは消えそうになりながらもなんとかやり続けていますからね。東京タワーズも音源こそ出していませんが、解散はしていないので今年で44年目。3年前に有頂天のケラが『今こそ東京タワーズのアルバムを作ってはどうか』とツイッターで呟いていて。僕らはナゴムレコードの立ち上げに参加しているんですが、アルバムは出せなかったので、ケラがそういう話をしてくれて、『いいね。是非やりましょう』と、4人でミーティングして……そこからは進んでいないですが、一応出す方向で話は進めているということで(笑)」
【死ぬ前にやっておくべきこと】アーカイブ
野球音源はまだ掘り尽くされていない
終わりそうでも終わらない。それが長く続けることの秘訣なのかもしれない。音楽と野球の祭典である『音の球宴』も今年、長い活動休止期間から奇跡の復活を遂げた。そして、中嶋の生涯事業であるプロ野球音源の収集は、プロ野球選手が歌うことを止めた21世紀に資源が絶望的に枯渇する問題に直面するも、「家族モノ」というジャンルを開拓し、危機を乗り越えた。
「自分の収集範囲で手に入れられるものは入れたタイミングでもありました。やめようと思えばやめられたんですが、AKB48に倉持明の娘さんが在籍していると知ったんですね。さらには大沢親分の孫・大沢あかねがCDデビューするらしく記念イベントに親分が来ると聞いて駆けつけましたよ。うら若き女性ファンばかりのサイン会の列に大沢親分目当てのおっさんが一人並びながら確信していました。『家族モノ』というジャンルには可能性しかない、と。野球選手がアイドルや歌手と結婚するのは今も昔も定番。ならば奥さんや娘さんの在籍時代の音源も収集対象になり得るじゃないかと。この“嫁もの”の最高峰がハロプロの『タンポポ』第三期。メンバー4人のうち3人が、揃いも揃ってプロ野球の投手と結婚しています。歌手を夢見ながら息子のために断念した山本昌の父は、昌の引退後に自主制作CDで悲願のデビューしたことも物語がありますよね」
かくして野球音源収集はジャンルを広げ、令和となった今も継続され、中嶋の「死ぬ前にやるべきこと」と宣言した“野球音源のアーカイブ化”は、さらに積み上がっていく。
「目指しているのはオーソリティーではないんです。野球殿堂博物館の一コーナーとかではなく、野球DJのイベントで“こんなレコードを見つけました”と、みなさんに聴いて楽しんでもらう。これが一番だと思っているので。特に死ぬ前にやるべきことは、続けること。それに尽きます」
レコードとは、英語で「記録」のことである。中嶋が残そうとしているのは、棚に眠る盤そのものではない。針を落とせば鳴り出す、野球と歌謡曲が肩を組んで歩いた愛すべき時代の記録だ。そして、それは博物館のガラスケースの中ではなく、回り続けるターンテーブルの上にしか残らない。一枚100円から始まった男の旅は、まだ終わらない。
(完)
「週刊実話」8月13日号より
