
人は感謝の念を抱くと、他人にも親切になると言われています。
それなら、感謝の気持ちを十分に持っていれば、困っている人を前にして「誰かが助けるだろう」と傍観することも減るのでしょうか。
就実大学(Shujitsu University)の研究チームが867人を対象に確かめたところ、感謝した人ほど助ける傾向は強まったものの、周囲に助けられる人が増えるほど援助しなくなる傾向は変わりませんでした。
この研究は2026年7月8日付で学術誌『Cognition and Emotion』にオンライン掲載されています。
目次
- 「感謝」の力は「誰かがやるだろう」に勝てるのか?
- 感謝で親切は増えても、「誰かがやるだろう」は残った
「感謝」の力は「誰かがやるだろう」に勝てるのか?
誰かに助けてもらったとき、「ありがたい」と感じるのはごく自然なことです。
そして心理学の研究では、この感謝の気持ちには、自分も別の誰かを助けたり、持っているものを分けたりする「向社会的行動」を促す働きがあることが知られています。
つまり感謝は、受け取った親切をその相手に返すだけでなく、その後の他者への親切にもつながる可能性があるのです。
しかし、これまでの研究の多くは、「困っている人がいて、助けられるのは自分だけ」という比較的単純な状況を扱ってきました。
現実には、自分以外にも助けられる人がいる場面が少なくありません。
そこで問題になるのが「傍観者効果(bystander effect)」です。
これは、困っている人を助けられる人が増えるほど、一人ひとりが実際に援助する可能性が下がる現象を指します。
その背景には、「自分がやらなくても誰かが助けるだろう」と考え、一人ひとりが感じる責任が薄まる「責任の分散」などがあると考えられています。
では、感謝によって人を助ける行動が増えるなら、この傍観者効果まで弱くなるのでしょうか。
研究チームはこの疑問を確かめるため、日本のクラウドソーシングサービスを通じて867人を募集しました。
参加者はランダムに、感謝条件、穏やかな感情条件、中立条件の3つに分けられます。
感謝条件では、誰かに助けてもらい心から感謝した経験を5分間思い出して書きます。
そして穏やかな感情条件では、誰かと一緒に過ごしたリラックスした経験を、中立条件では普段の朝の過ごし方を書いてもらいました。
その後、参加者には10ポイントが与えられ、0ポイントの受益者に5ポイントを渡して助けるか、10ポイントをすべて手元に残すかを選んでもらいました。
ポイントは最終的に実際の報酬に反映されるため、援助を選べば自分にもコストが生じます。
さらに重要なのは、その受益者を助けられる潜在的な援助者の数が「1人」「3人」「5人」と変化したことです。
しかも相手を助けるには1人が5ポイントを渡せば十分で、複数人が援助しても余分なポイントは無駄になります。
参加者には、他の人が援助を選んだかどうかも分かりませんでした。
この実験の結果、感謝条件では全体として援助行動が増えていました。
しかし同時に、潜在的な援助者が増えるほど援助する可能性は低下し、傍観者効果も確認されました。
では、「感謝による援助の増加」と「人数が増えるほど助けなくなる傾向」は、実際にはどのような関係にあったのでしょうか。
より詳しい結果を次項で見ていきます。
感謝で親切は増えても、「誰かがやるだろう」は残った
詳しく分析すると、今回の研究では2つの効果が同時に現れていました。
まず、感謝条件の参加者は中立条件の参加者より、ポイントを相手に渡す可能性が高くなっていました。
また探索的な分析でも、実際に強い感謝を感じていた人ほど、全体として資源を分けやすい傾向が見られました。
つまり今回の実験では、感謝によって援助行動そのものが全体として増えていたのです。
一方で、穏やかな対人経験を思い出した参加者でも感謝の気持ちが少し高まり、中立条件より援助行動がやや増えていました。
そのため、今回の結果だけから、感謝だけが他のポジティブな感情とはまったく異なる特別な力を持つとまで言うことはできません。
そして研究の核心となるのが、潜在的な援助者の人数との関係です。
助けられる人が1人から3人、5人と増えるにつれて援助しにくくなる傾向は、感謝条件でも残っていました。
しかも、その下がり方は穏やかな感情条件や中立条件と大きく変わりませんでした。
言い換えるなら、感謝によって援助行動の水準は上がっても、「ほかにも助けられる人がいると、自分が助ける可能性が下がる」という傍観者効果そのものは弱くならなかったのです。
研究者らはこの結果について、感謝によって生まれる援助への動機と、集団の人数に応じて自分が援助するかを判断する働きが、ある程度独立している可能性を指摘しています。
たとえば感謝によって誰かを助けようとする気持ちが強まったとしても、自分以外にも4人の援助者がいる状況では、「ほかの誰かが助けるかもしれない」という判断まで消えるわけではないのかもしれません。
ただし、この研究は匿名のオンライン環境で行われ、参加者は他の人の行動を見ることも、互いに相談することもできませんでした。
また、1人が助ければ十分という設定だったため、複数人の協力が必要になる現実の緊急事態とは状況が異なります。
それでも今回の結果は、感謝によって人の援助行動を増やすことはできても、集団の中で生じる「誰かがやるだろう」という傾向まで消えるわけではないことを示しています。
人の善意を高めることと、「自分が助ける」という一歩を踏み出させることは、別々に考える必要があるのかもしれません。
参考文献
Gratitude makes people more helpful, but it doesn’t overcome the bystander effect
https://www.psypost.org/gratitude-makes-people-more-helpful-but-it-doesnt-overcome-the-bystander-effect/
元論文
Does gratitude moderate the bystander effect? A registered report
https://doi.org/10.1080/02699931.2026.2699829
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部

