
2006年に大ヒットした映画の続編「プラダを着た悪魔2」が、8月7日にディズニープラス スターで配信開始した。前作公開からちょうど20年となる節目の年に劇場公開され、公開前の期待度からすれば予想通りともいえるが、ある面で予想以上でもある大ヒットになった。日本の興行収入だけでも前作(約17億円)を大きく上回る54億円を突破。アメリカの映画館で販売された赤いバッグ型のポップコーンケースは、SNSを通じて日本でも話題となり、ついには日本でも「レッドバッグケース」として数量限定で発売された。多くのファンが待ち望んだ同商品をはじめ、関連グッズも飛ぶように売れた。
今回は物語の“悪魔”として象徴的存在のキャラクター、ミランダ・プリーストリーと、彼女を演じるメリル・ストリープを深掘りしながら、作品の魅力に迫ってみたい。(以下、ネタバレを含みます)
■ミランダが率いるファッション誌「ランウェイ」が窮地に
続編は、前作ラストで切り開かれた“アンディ”ことアンドレア・サックス(アン・ハサウェイ)のジャーナリストとしての道が突如閉ざされるところから始まる。
その道はもちろんアンディ自身がつかみ取ったものであるが、アンディの採用面接をした新聞社の担当者に前職の上司として「彼女を雇わないなら大バカ者」と言ってアンディの才能に太鼓判を押し、支援したのはミランダだったというのは前作で描かれたこと。ファッション誌「ランウェイ」のカリスマ編集長として、メディア界全体にも名をとどろかせるミランダの一押しが大きかったのは間違いない。
アンディはその期待に応えてジャーナリストとして20年間頑張ってきた。それが権威ある賞の受賞という形で分かったと同時に、世知辛い現代社会の不条理さが彼女を襲う。授賞式でスピーチする直前、同じテーブルに着いていたジャーナリスト仲間たちと一斉にメール1本で経営不振を理由に解雇されたのだ。
まだまだ夢ややりがいを追い掛ける40代のアンディに、いきなり岐路が訪れた。明日からの生活もかかっているが、前作にも登場した親友リリー(トレイシー・トムズ)から自分のギャラリーを手伝わないかと言われても、「今はまだいい」と断ったアンディ。そんな彼女のもとに、古巣「ランウェイ」から特集エディターとしてのオファーが舞い込む。
その理由は、「ランウェイ」もまた岐路にいたからだ。ミランダの発言が切り取られ、現代らしくミーム化もされるほどに炎上。雑誌の制作に欠かせない広告主であるラグジュアリーブランドも激怒していた。それを収束させるため、アンディが授賞式で解雇された思いをぶつけた動画を目にとめた「ランウェイ」を出版する会社の会長・アーヴ(ティボー・フェルドマン)が連絡したのだ。
■以前よりも悪魔ぶりが加速!?
出社したアンディがミランダの元へ。緊張と興奮でマシンガントークを繰り出すアンディに、20年前と変わらずミランダを支えるナイジェル(スタンリー・トゥッチ)が「やぁサイズ6」と、懐かしい呼び方であいさつしたのに対し、ミランダは「誰?私が知ってる人?」と一言。アーヴからは「解決した」と連絡があっただけで、それがアンディのことだとは知らなかったミランダは、即座に現在アンディの職に就いている人物に解雇を言い渡し、アンディに「ご満足?」と言う。続編を待ち望んだファンには、これぞ“悪魔”が帰ってきたと思えるシーンだ。
さらに悪魔ぶりは続く。特集エディターとして自分の考えを言うアンディに、「言っておくけど、私があなたを雇ったわけじゃない。CEOの思いつき。あなたが失敗するのを待ってるわ。必ずしくじるから」と言い放つ。
アンディが感じたのは、ミランダが以前にも増して悪魔的な冷酷さを見せていること。ただ、ナイジェルいわく、それはグローバル統括という上の地位への抜てきをちょうど打診されていたとき、炎上により先行きが怪しくなりそうで、気を張ってもいたのだ。
アンディが書いた炎上した件に対する記事は、他のメディアなどから一定の評価を得た。それを編集会議でアンディがアピールすると、肝心な読者の閲覧数が少ないとバッサリ。そして「人々が読む記事を書き、編集するのがあなたの仕事。読者がついたら会議で発言してもいい」と切り捨てた。今回もアンディの道のりは簡単ではない。でも、どうミランダに食いつき、先のせりふを引用するならば、会議での発言権を得られる仕事をしていくのか、ワクワクするところでもある。

■3度のアカデミー賞に輝いた名優が体現する魅惑的な“ヴィラン”
ミランダを演じるストリープは、言わずと知れた名優。映画界で最も権威ある賞と言われる米・アカデミー賞で俳優として最多の21回ものノミネート歴を持ち、そのうち「クレイマー、クレイマー」(1979年)で助演女優賞、「ソフィーの選択」(1982年)と「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」(2011年)で主演女優賞と3度の受賞を果たしている。アメリカの優れた映画とテレビドラマを称えるゴールデングローブ賞では、俳優史上最多の33回のノミネートで、8回の受賞に輝く。
「クレイマー、クレイマー」のような感動作から、ナチスのホロコーストをテーマにした「ソフィーの選択」のような社会派、ブラックコメディーの「永遠に美しく…」(1992年)、ミュージカル映画「マンマ・ミーア!」(2008年)まで、演じてきたキャラクターは多岐にわたる。実在したイギリス首相のタイトルロールを務めた「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」では、発音にいたるまで驚異的なそっくり具合で圧巻だった。
そんな中でもミランダは、ストリープのキャリアを代表するキャラクターの1人と言っても過言ではない。アカデミー賞主演女優賞には惜しくも受賞を逃したが、ゴールデングローブ賞のミュージカル・コメディ部門の主演女優賞は獲得している。
絶対的権力者で、冷酷非道。物語が示す“悪魔”としてヴィラン的立ち位置のミランダを憎々しくも魅力ある者にした。この続編の冒頭、炎上していることを自分たちが「ヴィラン」になったとミランダが嘆いたとき、夫のスチュアート(ケネス・ブラナー)は「悪党は最も興味深い」と語ったが、まさにミランダは興味深い人物なのだ。そうそう、ミランダは前作では離婚しており、スチュアートは4人目の夫である。
「プラダを着た悪魔2」では、観客や批評家から「ミランダは丸くなった」という声も聞かれた。確かに、前作の名シーンの一つだったコートをアシスタントの机に投げ置くのではなく、人事部に苦情があったからと自分で片づけたり、編集会議での発言はアシスタントに咳払いで注意されて抑えたり、コンプラをちょっとは気にしている。でも皮肉な物言いも、冷ややかな視線も、全て見透かされているようでゾクッとする口元のかすかな動きも、芯のところでは変わらない。そのストリープの演技は本当に魅惑的だ。
そして、最も変わらないのは、世の流れに沿ってデジタル化が進み、雑誌としては「歯に挟めるほど」薄くなったと自虐しながらも「ランウェイ」を制作するプライドだ。そこに人間的な深みをうかがい知ることができるのが、今作をミランダ視点で見たときの大きなポイントとなる。

■共感を呼び、胸を打つミランダのせりふ
記事の閲覧数がなかなか伸びなかったアンディが起死回生の策として、ミランダも以前から狙っていたセレブ、サシャ・バーンズ(ルーシー・リュー)のインタビューを取り付けた。表舞台に出ることを避けていたサシャは、アンディの記事を気に入っていたのもあって独占インタビューを了承したのだが、同時にインタビュアーとなったミランダが世間をにぎわせた離婚相手について問わなかったことも好ましく思った。それに対する「あなたは結婚で定義されないでしょ」というミランダの一言はサシャの心をさらにとらえた。
ミランダ自身がそうであるように、誰かの妻というのではない、一人の女性としてのアイデンティティー。自立しているからこその言葉が胸に迫る。
このシーンはまだ中盤ちょっと前。この後、ミランダが守ってきたアイデンティティーや立場が揺らぐ出来事が起きる。アンディと共に奮闘した中で、ミランダはアンディに本音を漏らす。
「私は仕事が好き」。
カリスマ編集長であるミランダは、きっとそうで、ずっとそうだったはず。一度は引き際まで考えたミランダが、あらためて言葉にした重み。愛する子どもたちの成長を見逃しても、冷酷さゆえに人に恨まれようとも、どんな代償を伴っても、「それでも仕事が好き」なのだ。SNSでもこのせりふに心をつかまれたという投稿が多かった。恐らくこれがミランダをただのヴィランにはしておかないところだ。
どれだけ冷酷でも、仕事にプロフェッショナルな彼女に認められたいと願う。前作でアンディの先輩という立場でミランダの第一アシスタントを務め、現在はディオールの幹部となったエミリー(エミリー・ブラント)も、ミランダに認められることを心の奥では渇望していたのだと、今作で分かる。
対してアンディは、ナイジェルに愚痴って、叱咤激励されながら自らの才能を生かせる仕事を全うすべく動くからミランダの隣にいられる。観客がミランダのような上司がいたら嫌だなと思うのは、自分の仕事をあの視線で、あの口元で判断される怖さが身に迫るからではないだろうか。
自立し、仕事に命をかけるミランダ。他にも冷ややかに聞こえても共感やハッとさせられる名ぜりふはたくさんある。前作と同じく「行って」「以上よ」が登場するのもうれしいところだが、それらも含めてすべてミランダのワークスタイルを浮き彫りにする。だから前作と同様に“働く女性のバイブル”であり続ける。
■ミランダの“決断”にも注目のクライマックス
また、今回のクライマックスでは、ショーのためにイタリア・ミラノに滞在しているミランダたちだが、多くのハイブランドのショップがある歴史的なアーケード街、ガッレリアでミランダが1人たたずむシーンは、好きな仕事で携わってきたファッションと、彼女が考える「レガシー(遺産)」を象徴する名シーンだ。そのカメラワークの美しさも抜群だが、ストリープが体現したミランダの表情、歩き方が素晴らしく心を打つ。
変わるもの、変えるもの、変えたくないもの、変わらなかったもの。ミランダはその決断をし、気付きがあって前に進む。ホテルで勢いよくノックするシーン、スピーチシーン、アンディとの車中で会話するシーン…。前作にあったシーンが、今作で対比するように変わって描かれるのも見ていて楽しい。
ミランダが急速な世の中の変化にあって残すべきと考える伝統、レガシーの行方。「仕事が好き」と話すまでにどうたどり着いたのか、アンディとの関係はどうなったのか。ミランダに“リタイア”という文字が似合わないように、ハリウッドの最前線で活躍し続けるストリープのすごみも併せて見届けてほしい。
今回はミランダに視点を置いたが、本作の面白さはアンディ、そしてナイジェル、エミリーと前作から続投の主要メンバーのそれぞれの視点に重きを置くことで、また違った気付きや感動があるところ。それも探ってみてはいかがだろうか。
◆文=ザテレビジョンシネマ部

