DIGINNER GALLERYでは、香川県出身、現在ロサンゼルスを拠点に活動するアーティスト、Ken Higakiによる日本初個展「Tadpoles」を開催する。Ken Higakiは、伝統的なヴェネツィア絵画の技法を基盤に、肉体の存在感や緊張、欲望と暴力の境界、人間の内側に潜む脆さや衝動を描いてきた。暗闇の中から浮かび上がる筋肉質な身体、劇的な光と影、緻密に描写された皮膚や肉体は、古典絵画における英雄像や宗教画を思わせる。一方、その身体は必ずしも理想的な強さだけを示すものではなく、欲望、怒り、不安、孤独といった、人間の不安定な感情を内包している。日本で初めて開催される本展で、Higakiは自身の幼少期と移住の経験へと目を向ける。
ヴェネツィア絵画の技法のなかに日本文化を感じさせるキャラクターが共存する奇妙でユーモラスな世界

四国・丸亀で育った彼は、田んぼに囲まれた環境の中で昆虫を捕まえ、水路に集まる小さな生き物を眺めながら幼少期を過ごした。なかでも、おたまじゃくしやカエルは、故郷の記憶と強く結びついた存在だった。その後アメリカへ移住し、雨の多いオレゴンの風景の中でおたまじゃくしの群れを目にしたとき、丸亀の水路を歩いた幼い日の記憶が瞬時によみがえったという。二つの土地の記憶は、水の中を泳ぐ小さな生き物を介して重なり、彼のアイデンティティを形づくる風景となった。
おたまじゃくしは、まだカエルではなく、しかし以前の姿のままでもない、変化の途中にある存在だ。Higakiはそこに、移行や変容、そして「かつての自分」と「こうあるべきだと求められた自分」との間にある、不確かな状態を重ねる。
本展の作品では、そうした幼少期の静かな記憶と、圧倒的な量感を持つ男性の身体が、同じ画面の中に置かれる。ヴェネツィア絵画を思わせる写実的な肉体の下を、日本の漫画文化を想起させるキャラクターや、おたまじゃくし、昆虫、両生類が漂う。美術史に受け継がれてきた理想化された身体と、幼い頃に親しんだ大衆文化のイメージ。一見すると相容れない二つの視覚言語は、Higakiの個人的な記憶の中で、ひとつの風景として共存している。
そこに描かれる屈強な男性像は、単なる肉体美の象徴ではない。アメリカへ移住した少年にとって、「強くなること」や「男らしくなること」は、新しい社会に受け入れられ、自分の居場所を得るための手段でもあった。いじめに耐えること、スポーツや学校生活の中で自分を証明すること。周囲に適応しようとするほど、人と違うことの価値は見えにくくなっていった。
しかしHigakiは、その過去を後悔や否定によって描くのではない。作品の中では、幼少期の無垢さと、移住後に身につけた強さ、傷つきやすさと抵抗する身体、日本とアメリカの記憶が、互いを排除することなく並ぶ。
古典絵画も漫画も、ともに人間が生み出した虚構のイメージだ。Higakiはそれらを借りながら、きわめて個人的な経験を語る。異なる時代と文化に属するイメージをひとつの画面に重ねることで、個人の記憶は奇妙でユーモラスな神話へと変換されていく。
かつて孤立の原因だと感じていた自身の背景は、愛やコミュニティ、他者からの受容を通して、現在では誇りへと変化した。日本人であり、アメリカ人でもあること。弱さと強さを同時に持つこと。幼少期と現在の自分が、同じ身体の中に存在していること。Higakiは、かつて切り離されているように感じていた記憶を、絵画の中で再びひとつにつなぎ合わせる。
「Tadpoles」は、ひとりの移民としての物語であると同時に、誰もが経験する「変化の途中にある自分」についての展覧会だ。人は、ある日突然、完成された何者かになるわけではない。異なる土地や文化、過去の記憶、他者から求められる役割の間を揺れ動きながら、生涯を通して変化し続ける。水の中を泳ぐおたまじゃくしのように、まだ名づけられない姿のまま、私たちはそれぞれの居場所へ向かって進み続けているのかもしれない。


Ken Higaki 個展【Tadpoles】
期間:開催中~2026年8月30日(日)
時間:11:00~19:00/最終日17:00まで
会場:〒152-0035 東京都目黒区自由が丘1-11-2
休廊:8月15日(土)、16日(日)、17日(月)、24日(月)
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