【スージー鈴木の週刊歌謡実話第43回】
中森明菜『水に挿した花』
作詞:只野菜摘
作曲:広谷順子
編曲:西平彰
1990年11月6日発売
『難破船』で再確認した“マイナーこそ明菜”
少し前の話になりますが、7月17日のテレビ朝日系『ミュージックステーション』に中森明菜が出演し、新曲『ごめんと、すきと、』と『難破船』(1987年)を披露したことが大いに話題になりました。
まさに久々、それも生放送の音楽番組ということで、本人も言っていたように、緊張もあったようです。それでも震えながら、そして、感極まりながら、何かを絞り出すように歌う姿は、新生・中森明菜としての本気感が伝わるものだったといえます。
印象に残ったのは、約10年ぶりの新曲『ごめんと、すきと、』よりも、やはり『難破船』。
メジャー(長調)キーの『ごめんと、すきと、』ではなく、マイナー(短調)の『難破船』。中森明菜に似合うのは、やはりマイナーだなぁと思いながら見ていました。
ここで私は『水に挿した花』(’90年)の話をしたいのです。というのは、’82年のデビューから10年ほどの「初期・中森明菜」のシングルの中で、最高傑作シングルだと思うから。そして今、61歳の中森明菜が歌うのに、もっともピッタリくる歌だとも考えるから。
この曲ももちろんマイナーキー。リズムは、何ともエレガントな3拍子。
リリースされたタイミングとしては、あの「事件」の翌年。
前作シングル『Dear Friend』(’90年)が、中森明菜としては珍しくメジャーキーで、「事件」からの復活を示すようなポジティブさが熱烈に歓迎され、大ヒットしました。
しかし、続く『水に挿した花』は逆に、当時の心の中の暗部をさらけだすような重いものだったのです。
【スージー鈴木の週刊歌謡実話】アーカイブ
「元アイドル」ではなく今を歌うシンガーへ
「ああ ごめんなさいね ついてはゆけない」「形をかえた痛み ふたたび手に入れるだけ」――つまりは「そう簡単にポジティブになんかなれないわよ」宣言とも言える歌詞。
何が言いたいかというと、これからの中森明菜に期待するのは、『ミュージックステーション』のときのように、語りかけ、振り絞るようなスタイルで『水に挿した花』を歌うようなシンガーになってほしいということです。
さらにいえば、例えば不景気、不愉快、不健康……同世代女性の心に潜む暗部としての、数々の「不」と共鳴する歌を歌うシンガーになってほしい。
極端な若作りをして、昔のファンを相手だけに閉じた活動をする「元アイドル」が多くいます。ただし、中森明菜にはそんなの、劇的なまでに似合わない。やはり彼女には同時代性がよく似合う。
だからこそ、今の同世代女性に『水に挿した花』を届ける存在になってほしい。私はそう考えます。『中森明菜の音楽1982-1991』(辰巳出版)という本を書いたこともある評論家として。
「かつて愛された日を もう一度とり戻せるわ」――『水に挿した花』には、こんな歌詞もあるのですから。
「週刊実話」9月3日号より
スージー鈴木/音楽評論家
1966(昭和41)年、大阪府東大阪市出身。『9の音粋』(BAYFM)月曜パーソナリティーを務めるほか、『桑田佳祐論』(新潮新書)、『大人のブルーハーツ』(廣済堂出版)、『沢田研二の音楽を聴く1980―1985』(講談社)など著書多数。
