ドナルド・トランプ米大統領が「ワクチン接種が自閉症を引き起こす」という驚くべき持論を持ち出し、アメリカ国内の子供へのワクチン接種推奨数を11種類に制限する大統領令に署名した。
アメリカ疾病対策センター(CDC)は子供に対し、18種類の疾病へのワクチン接種を推奨しているが、トランプ大統領はそのうちインフルエンザや新型コロナ、髄膜炎菌B型、ロタウイルス、A型肝炎、B型肝炎ワクチンの6種類を、推奨から「医師と保護者の個別判断」に格下げする。RSウイルスワクチンは、感染すると重症化しやすいハイリスクを抱える子供向けに制限された。
大統領令はまた、おたふく風邪、麻疹(はしか)、風疹の3種混合ワクチンについて、個別接種に切り替えるよう助言している。
この「反ワクチン令」には政治的背景がチラつく。まずトランプ大統領が個別接種に言及したおたふく風邪、麻疹、風疹の3種混合MMRワクチンだが、日本国内では薬害被害が起きている。MMRワクチンは1989年に日本でも認可されたが、おたふく風邪ワクチンが原因で、子供が無菌性髄膜炎を起こす副作用が相次いだ。
国は1993年にMMRの定期接種を中止し、現在は麻疹と風疹の2種混合MRワクチンが、全員に義務付ける定期接種に指定されている。今年5月、33年ぶりにMMRワクチンが日本国内でも認可されたが、定期接種に格上げされるかはまだ不明だ。
日本の薬害例を書くとトランプの主張がマトモに見えるが、アメリカはその逆。アメリカ食品医薬品局(FDA)が認可しているのは3種混合MMRワクチンと、水ぼうそうワクチンを加えた4種混合MMRVワクチンのみ。FDAは現在、麻疹、風疹、おたふく風邪の単体ワクチンを認可しておらず、大手製薬会社も単体ワクチンを製造していない。トランプ大統領は国内で取り扱いのない「個別ワクチンを打て」と言い出したのだ。
これでおわかりだろうが、ワクチン制限の署名は医学的根拠に基づいたものではなく、製薬会社への嫌がらせ。とりわけ大打撃を受けるのが、新型コロナワクチンで知られる「モデルナ」社だ。
ジョン・F・ケネディの甥が推進するスローガン「MAHA」
モデルナ社はトランプ大統領が毛嫌いする、リベラル色の強いハーバード大学とマサチューセッツ工科大学の出身者が出資、立ち上げたバイオベンチャー企業。2021年9月にバイデン前大統領が「新型コロナワクチン接種義務化」を発表したのを機に、モデルナ社は2021年から2022年の2年間の売上高が377億ドル(当時のレートで5兆円)にまで飛躍。株価は爆上がりで、バイデン氏は自身を支持する東海岸の上級国民層に莫大な利益をもたらした。
ところが2024年秋の大統領選でトランプ政権に交代するや、ジョン・F・ケネディ元大統領の甥、 ロバート・F・ケネディJr.保健福祉長官は、自身が推し進める「Make America Healthy Again(MAHA:アメリカを再び健康に)」のスローガンのもと、モデルナやファイザー、サノフィといった大手製薬企業のmRNA技術・ワクチン開発の連邦政府助成金プロジェクト(計22案件、総額約5億ドル=700億円超規模)を打ち切りにした。今回のワクチン制限署名も、mRNAワクチン研究潰しのダメ押しとみられる。
この保健福祉長官はほかにも、銃乱射事件を引き起こすから抗うつ剤を制限する、Wi-Fiで脳腫瘍や癌になるから通信網を制限する、ダニが原因のライム病は米軍の生物兵器、高齢者が使う抗ガン剤の薬価を下げるよう製薬会社に圧力をかける…と身内のケネディ家からも猛批判を食らう政策を打ち出している。
バイデン政権は国民の健康を人質にワクチン接種義務化など、自由主義に反する政策で利権を貪ったが、トランプ政権はインチキ科学に傾倒。これでは国民はどちらの政党も選べない。今秋の中間選挙は混迷することだろう。
(那須優子/医療ジャーナリスト)

