村瀬秀信氏による人気連載「死ぬ前にやっておくべきこと」。都内でベイスターズカフェ&バー『スターエール』のオーナー・セツ子をインタビュー(前編)。横浜DeNAベイスターズに対する熱い思いをたっぷり語っていただいた。
ただの会社員が店主になるまで
2026年5月1日。山手線の極北・大塚の地に一軒のスポーツバーがオープンした。店の名は『スターエール』。その名の通り、星を応援する店は、超大型モニターでド迫力の横浜DeNAベイスターズ戦が観戦できるおしゃれ&前代未聞のカフェ&バーである。
今では試合開催日の夜となれば、東京ほか横浜からもベイスターズファンが訪れ、賑わいを見せるこのお店。とはいえ、本拠地横浜スタジアムから1時間。筆者はこの町に長く住んでいるが、これまでにベイスターズファンを見掛けたことなぞ一度もなかった。なぜ星のかけらも見えない町で「ベイスターズファンが気軽に集まれる店を作ろう」なんて、無謀な行動に出たのだろうか。
それは、オーナーであるセツ子にとって、この店を出すことが「死ぬ前にやっておくべきこと」であったからに他ならない。
「開店してから3カ月が経ちました。『東京の大塚にベイスターズファンの店がある』というクチコミだけでなんとかここまでやってこれましたが、お客さんが来てくれる日もあれば、ゼロ人の時もあって、この先、やっていけるかどうかの未来もまだ見えていません。『お客さんが来てくれるのだろうか…』という不安は、始める時からずっとありましたし、今もあります。だから、実際にお客さんが来てくれただけでありがたいのに『お店を作ってくれてありがとう』とか、温かい言葉を掛けてくれることが、涙が出るほどうれしくて、厨房にいながら、『楽しんでくれるといいな』『美味しいと思ってくれたらいいな』『ベイスターズが勝ってくれたらもっといいな』とドキドキしています」
東京にも野球やサッカー、ラグビーなど、複数球団の試合を流すスポーツバーはある。経営面を考えたら、もっとファンの多い球団なり、メジャーリーグなり、モニターを複数置いて12球団対応のスポーツバーにするのが常道だ。席数わずか15席のベイスターズ特化型スポーツバー。こんな狭すぎる客層をあえて狙い撃ちするところに、セツ子の決意の強さを感じる。
「いえいえ。私なんてまだベイスターズファンになって日が浅くて、野球もほとんど分からない状態でベイスターズのことを知ったんです。去年の今頃はただのベイスターズファンの会社員でした。でも熱意だけはあって、毎試合、解説を聞きながらルールと一緒に選手を覚えていって、どんどん好きになっていました。でも『ベイスターズファンのお店を出したい』なんて大それたことは全然考えていませんでした。『いつか自分好みのカフェが出せたらいいな…』とは、ぼんやり考えていましたけど、まさか自分でこんなお店をやることになるとは思ってもいなかったんです。本当に人生、何が起こるか分からないですよね…」
【死ぬ前にやっておくべきこと】アーカイブ
絶好のチャンスに人生を懸ける
彼女がこのカフェのオーナーになったのは、急展開になるだけの事情があった。
「一目惚れでした」
セツ子がそう語る、店の中央にどーんと鎮座する165㌅の超巨大モニター。この大画面でベイスターズ戦の中継を流すのだが、選手が等身大以上に映し出されるこの迫力は尋常じゃない。スピーカーはフロントにヤマハが2つ、天井にBOSEが5つ配置された音響も含め、個人で“試合を観る”という視聴環境においては、今年の春にハマスタ横に開業した「THE LIVE」を凌ぐかもしれないと思わせる、感動モノの迫力だ。セツ子がこのモニターを見て、想像力が爆発してしまったというのも無理はない。
「この物件が居抜きのまま貸し出されているのを見つけてしまったのが今年の2月のことでした。このモニターを見て『この大画面でベイスターズ戦をみんなで観られたらどれだけいいだろう…』と、ついよからぬことを考えてしまったんですね。私自身は東池袋の会社で仕事をしているので、ハマスタに行けるのは月に1回程度。「東京でベイスターズの試合を思い切り応援できる場所があればどれだけいいだろう…」という理想がどんどん膨らんで、おそるおそる問い合わせてみると、すでに申し込みが複数ありました。一応申し込んでみましたが、順番は4番手。入居は絶望的です。それでも、具体的に動き出してしまったことで『東京にベイスターズファンのお店を出したい』という思いはどんどん強くなってしまい、店舗探しをはじめることにしたんです」
しかし、店探しは想像以上に難航した。池袋など繁華街の家賃はおそろしいほど高く、外れにあるお手頃な店舗を見つけても「声を出してはいけない」「お酒を出してはいけない」「22時には閉店しなければいけない」など、スポーツカフェをやるには貸出条件の制約が厳しすぎた。
しばらくは無理かもしれない。そう諦めかけていたセツ子のもとに、あの申し込みをしていた大塚の大型モニターの物件から、「入居できるかもしれない」という朗報がもたらされた。
「あの物件に申し込んでいた上の三者が審査落ちとなったらしく、私に順番が回ってきたんです。願ってもないチャンスでした。でも、落選した人たちの理由の一つに“個人”の申し込みで、法人じゃないと審査に不利なことが分かりました。しかも急に回って来た話だったので、開店資金も間に合わない。追い詰められてしまった私は一大決心したんです」
(中編に続く)
「週刊実話」8月20・27日号より
