
中国の山東大学(SDU)などで行われた研究によって、世界遺産にも登録されている約2000年前に崖に描かれた絵(華山岩絵)から、ヒトの血液が使われた痕跡が検出されました。
しかもその血の一部は、出産した女性のものだった可能性があるといいます。
灼熱の夏と豪雨、毎年の台風がやってくる過酷な土地で、露天の崖にさらされ続けながら2000年間色あせなかった岩絵の秘密が、まさか「人間の血」だったとは驚きです。
研究者たちは「これらの発見は、岩絵制作が単なる労働集約的な作業ではなく、技術的にも高度な作業だったことを示している」と述べています。
古代の人々はなぜ、絵の具に血を混ぜたのでしょうか?
そしてなぜ血は、絵を2000年も守り続けられたのでしょうか?
研究内容の詳細は2026年7月に『Journal of Archaeological Science』にて発表されました。
目次
- 2000年間、嵐に耐え続けた「消えない赤」の謎
- ヒトの血は「出産した女性の血」だった可能性がある
2000年間、嵐に耐え続けた「消えない赤」の謎

屋外に貼られたポスターや看板が、数年で無残に色あせてしまった光景は誰しも見たことがあるはずです。
強力な化学塗料を使った現代の屋外広告でさえ、太陽と雨には長く勝てません。
ところが中国南部・広西チワン族自治区の左江沿いには、露天の崖で風雨にさらされながら、約2000年間も鮮やかな赤色を保ち続けている絵が存在します。
それが華山岩絵です。
全長260kmにおよぶ川沿いの断崖80か所以上に、人物、動物、船、武器、太鼓などを描いた数千点もの絵が残されており、その代表的な地点群が「左江華山岩絵文化景観」として2016年にユネスコ世界遺産に登録されています。
描いたのは紀元前5世紀〜紀元後2世紀ごろにこの地で暮らしていた「洛越(らくえつ)」と呼ばれる人々と考えられています。
不思議なのは、この土地の気候が絵の保存にまったく向いていないことです。
夏には気温が40℃を超え、モンスーンの豪雨が崖を叩き、台風も毎年2〜3個やってきます。
動物の膠(にかわ)や植物の樹液といった昔ながらの絵の具の材料は、こうした高温多湿の環境ではあっという間に分解してしまうはずなのです。
実際、顔料が崖に張り付く力は異常なほど強く、剥がれ落ちるときには顔料だけでなく岩の表面ごと剥がれるほどでした。
「この芸術の物質的な安定性は、長年未解決の謎でした」と、研究を主導した山東大学の化学者・孟武(メン・ウー)氏は述べています。
そこで研究チームは、この謎を解くべく岩絵の成分を徹底的に調べました。
貴重な絵を傷つけないよう、分析に使ったのは崖の下に自然に落ちていた岩絵の破片です。
3つの遺跡から集めた破片を電子顕微鏡などで調べたところ、赤い色のもとは、ごく微細な酸化鉄の粒(ナノヘマタイト)を豊富に含む地元の赤粘土であることがわかりました。
しかし本当の驚きは、その赤い粒を包み込んでいた「人工のセメントのような層(モルタル層)」に隠されていました。
そのモルタルの中から検出されたのは——血液のタンパク質だったのです。
ヒトの血は「出産した女性の血」だった可能性がある

血の内訳をさらに詳しく調べると、ウシなどの大型草食動物の血に混じって、確かにヒトの血が含まれていました。
それも、ほんの隠し味程度ではありません。
高山遺跡の破片では、検出された血液タンパク質の9割以上がヒト由来だったのです。
では、その血の一部はいったい誰のものだったのでしょうか。
描き手が自らを傷つけたのか、それとも誰かが犠牲になったのか──不穏な想像も浮かびますが、研究チームはまったく別の可能性に目を向けました。
サンプルからは、妊娠後期や出産直後の女性の体内で増える2種類のタンパク質(プロラクチン誘導性タンパク質とラクトフェリン)が検出されたのです。
この2つは乳にも多く含まれるため、「血ではなくミルクを混ぜたのでは」という疑いも浮かびます。
しかし破片のどこを探しても、乳の主要タンパク質である「カゼイン」は見つからず、ミルクを直接混ぜた線は薄くなりました。
残る有力な由来が、出産時や産後に流れた女性の血だったのです。
ここから研究チームは、ヒト由来の血液の少なくとも一部は「出産にともなって流れた女性の血」を集めたものだった可能性が高いと推測しています。
とはいえ、必要な血の量はごくわずかでした。
絵1平方メートルあたり、多くても8ミリリットルほどと見積もられています。
小さじ2杯にも満たない量で、1メートル四方の絵を岩に留められる計算です。
なぜそんな少量で足りたのかといえば、血は赤い色そのものではなく、赤い粒を岩に固定する”のり”の側に混ぜられていたからです。
石灰に血を混ぜたモルタルは、乾く過程で空気と反応し、石灰岩と同じ成分(炭酸カルシウム)の石へと変わっていきます。
このとき血のタンパク質が結晶の成長を整え、顔料の粒を一粒一粒、石の殻で包み込みました。
つまり赤い絵は崖の表面に「乗っている」のではなく、岩と同じ石の鎧をまとって崖と一体化していた——だからこそ猛暑も豪雨も台風も、2000年かけてこの絵を剥がせなかったのです。
またこの解釈は、描き手である洛越の人々の文化ともぴったり重なります。
洛越は家系や相続が女性の血筋を通じて受け継がれる母系社会であり、岩絵には妊婦や豊穣を思わせるモチーフも描かれています。
生命と再生の象徴である出産の血を、神聖な材料として絵に捧げたのかもしれません。
血と聞けば死を連想しがちですが、この崖に塗り込められていた血の一部は、その正反対——命の始まりの血だったのかもしれません。
参考文献
左江華山岩絵はなぜ2000年間「時代を超越」し続けているのか?
https://www.archaeology.sdu.edu.cn/info/1026/6003.htm?utm_source=chatgpt.com
Human blood may have helped preserve ancient Chinese rock art for 2,000 years
https://phys.org/news/2026-08-human-blood-ancient-chinese-art.html
元論文
Blood-induced biomineralized calcium carbonate used for binding in the Huashan rock art of Guangxi, Southern China
https://doi.org/10.1016/j.jas.2026.106650
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部

