
遠く離れた宇宙空間で、宇宙飛行士の腸の中では何が起きているのでしょうか。
その答えの一端が、彼らの「血液」に残された化学的な痕跡から見えてきました。
デンマークのコペンハーゲン大学(University of Copenhagen)とNASAの研究チームが52人の宇宙飛行士を調べたところ、宇宙滞在中には腸内細菌による「タンパク質の発酵」が増えていることを示す複数の代謝物が増加していました。
この発見は、宇宙飛行士に便秘が起こりやすい理由を理解する新たな手掛かりになるかもしれません。
研究成果は2026年6月29日付で科学誌『Nature Communications』に掲載されています。
目次
- 宇宙飛行士52人の血液から「腸の変化」を探る
- 宇宙では腸の流れが遅くなっている?
宇宙飛行士52人の血液から「腸の変化」を探る
宇宙飛行士に便秘が起こりやすいことは以前から知られていました。
しかし、なぜ宇宙へ行くと腸の状態が変化するのか、その詳しい仕組みは十分に分かっていません。
そこで研究チームが注目したのが、血液に含まれる「代謝物」です。
代謝物とは、私たちの体内で起きる化学反応によって生じる小さな分子で、中には食事や人間自身の代謝だけでなく、腸内細菌の活動を反映するものもあります。
つまり血液を詳しく調べれば、腸の中で細菌がどのような活動をしているのか、その痕跡を間接的に読み取れるのです。
研究では、2006〜2018年に国際宇宙ステーション(ISS)へ2〜9カ月滞在した52人の宇宙飛行士を対象としました。
男性41人、女性11人から宇宙飛行前、滞在中、帰還後に採取された合計488件の血液サンプルを分析しています。
さらに研究チームは、特定の物質だけを狙って調べるのではなく、血液中のさまざまな代謝物を幅広く探索する「非標的メタボロミクス」という方法を用いました。
その結果、宇宙飛行によって変化するおよそ40種類の化合物が見つかりました。
中でも目立っていたのが、腸内細菌による「タンパク質の発酵(protein fermentation)」と関係する代謝物です。
宇宙滞在中には、こうした物質が一貫して増えていました。
では、宇宙に行くとなぜ腸内細菌によるタンパク質の発酵が増えるのでしょうか。
より詳しい結果を次項で見ていきます。
宇宙では腸の流れが遅くなっている?
特に増えていたのは、p-クレゾール硫酸、フェニルアセチルグルタミン、4-エチルフェノール硫酸などの代謝物です。
これらは、腸内細菌がタンパク質由来のアミノ酸を発酵し、その生成物が腸から吸収された後、肝臓などで処理されて血液中に現れる物質です。
タンパク質の発酵自体は異常な現象ではなく、地上に暮らす私たちの腸でも普通に起きています。
ただ、その量が増える背景には「腸の中身が進むはやさ」が関係している可能性があります。
腸内細菌は、食物繊維などの炭水化物を重要なエネルギー源として利用します。
ところが腸内容物が長時間とどまると、利用できる炭水化物が次第に減っていきます。
すると腸内細菌は、代わりにタンパク質由来のアミノ酸をより多く利用するようになり、タンパク質の発酵も増えていくのです。
実際、地上の研究でも、腸内容物の通過時間が長いほど、こうした代謝物が増えることが知られています。
研究チームは、宇宙の微小重力によって腸内容物の通過が遅くなっている可能性があり、その結果としてタンパク質の発酵が増えたのではないかと考えています。
これは、宇宙飛行士に便秘が起こりやすいという以前から知られていた問題ともよく一致します。
また、この代謝の変化は宇宙に長く滞在するほど増え続けたわけではありません。
打ち上げ後の比較的早い段階から変化が現れ、宇宙滞在中にはその状態が続き、地球へ帰還すると数日ほどでおおむね元の状態へ戻っていました。
こうしたタンパク質の発酵に伴って生じる物質の一部は、別の研究で細胞老化や脳活動との関係が報告されており、腎機能が低下した人では疾患リスクとの関連が知られているものもあります。
そのため、火星などへの長期宇宙飛行を考えるうえでは、便通だけでなく腸内環境そのものを健康に保つことも重要になるかもしれません。
ただし今回の研究では、宇宙飛行士の腸内容物が実際にどれほどゆっくり進んでいたのかを直接測定していません。
そのため、「微小重力によって腸の通過が遅くなり、タンパク質の発酵が増えた」という流れは、今回の血液解析と過去の研究から導かれた有力な仮説です。
今後は腸の通過時間を直接測定するとともに、食物繊維やプレバイオティクス、腸の動きを促す方法によって、この変化を抑えられるのかを確かめる必要があります。
宇宙飛行士の血液に残された小さな化学的な痕跡は、重力を失った環境で「腸」がどう変わるのかを理解する、新たな手掛かりになりそうです。
参考文献
Constipation is common in astronauts – blood tests provide new answers
https://www.eurekalert.org/news-releases/1140136
元論文
Longitudinal metabolomics profiles reveal increased gut microbial protein fermentation during Spaceflight
https://doi.org/10.1038/s41467-026-74979-w
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部

